• 第8回 超異分野学会 本大会

【第8回大会ダイジェスト】知識の源流を探る

2020.02.18

左から:京都大学霊長類研究所・今村公紀氏、滋賀大学教育学部准教授/イブケア取締役・大平雅子氏、
大阪大学医学系研究科特任准教授/マイオリッジ技術顧問・南一成氏、リバネス代表取締役社長COO・髙橋修一郎(オーガナイザー)

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知識の源流を探る

~分野の壁を超えることは価値ある着想を生み出しうるのか?~

<2019年開催・第8回超異分野学会ダイジェスト>

 

産業界とアカデミアの連携のあり方が多様化する昨今。従来のような企業側からの打診だけではなく、研究者側が専門的な視点でアプローチを投げかけたり、あるいは研究者自身が起業して企業側に連携を提案するなど、双方向の知識の混ざり合いが生まれつつあります。
本セッションでは、将来の変革をもたらす新しい技術や知識に至る研究がどのようなきっかけから生まれるのか、その源流に迫る議論が行われました。

 

第9回超異分野学会は2020年4月23日にオンライン開催します。

 


 

研究者の「仮説」こそ知識の源流

 

リバネス・髙橋修一郎

最初にこのセッションを行うに至った私の中の思考を自己紹介に変えながらお伝えします。私は高橋修一郎と申します。リバネスの代表を務めていますが、もともとは大学の研究者でした。植物病理学という分野で、分子生物学の手法を用いて植物の病気の感染性について研究していました。博士を取った後は、大学に残って植物の病院をつくるプロジェクトをやりつつ、修士2年の時に仲間とリバネスを立ち上げました。なので、産業界と大学の間をある意味行ったり来たりしていました。ただベースは大学に残って研究をやっていましたので、大学にある「知識」をいかに社会に生かすかということを考えていました。

 

私自身はアカデミアがまだものすごい可能性を持っていると感じています。そして知財とか既存の産学連携のような枠組みを超えて、その可能性を広げたいと思っています。研究者たちの価値って、知財だけではないと思うんですよね。その前に素晴らしい結果や考察、実験があって、きっとさらにその前には素晴らしい「仮説」があるはずなんですよね。その仮説こそが研究者の価値なんです。そして主に税金を使いながら、産学連携もしながら、いろんな仮説をぐるぐる検証しているという機能こそ、僕はアカデミアの価値だという信念があります。今、知財や論文については、データベースを探索すれば分かりますが、どんな仮説が動いてるかについては実は調べる方法がありません。それで「日本の研究ドットコム」というデータベースと、同名のウェブサイトを何年か前にオープンにしました。これはどんな先生に、どういうお金が落ちたか全部わかるデータベースです。JSPSだったり、JST、厚労省、農研機構など。そういうところの予算を全部集めてきて、どういう研究テーマが、つまり、どういう仮説が日本の国内で動いているかっていうのを検索できる仕組みをつくりました。これ無料なんで、ぜひみんな覗いてくださいね。それで7000億円分の仮説みたいなものっていうのを全部集めて、よしよしこれで今の大学のパワーっていうの分かったな、って最初思ったんですよ。

 

でも、実は大学の中でやってる実働部分のアイデアってまだ未開の地なんです。例えば、実験系だったりすると、まさに今ラボを回しているのは、修士、博士の学生、ポスドク研究員の方だったりします。しかし彼らは研究者番号をもっていないのでリーチする術がないんです。それでリバネス研究費を始めたんです。40歳以下、修士の学生でも申請できる研究費です。50万円と少額なんですが、産業界の方と一緒になって研究費を設置して、若手の大学院生とかがどんどんアイデアを提案してくれる枠組みです。
さらにもう1個気付いたことがあって、科研費って採択率25%なんですよ。歩留まりが悪過ぎると思いません?だから今、リバネスではエルラドっていう、研究者だったらくすっと笑うと思うんですけど、イーラドを文字ってリバネスのLを引っ付けてエルラドっていうのを作って、そこに採択されなかった申請書を登録してもらってます。今、いろんな先生から1000件近くアイデアを頂いています。つまり検証に回せなかった仮説を集める仕組みができたんです。

 

こういうことをやっていると嬉しい変化もありました。10年前、企業は研究者が生み出した、いい結果や知財、ベンチャー、要はおいしい儲け話に興味をもっていました。しかし、今はもっと上流の良質な仮説に興味をもち、そこから一緒にアプローチしたいというように変わってきたと感じます。いわゆるオープンイノベーションみたいな文脈で言われたときの重心がどんどん川上のほうにきてるんじゃないかな。大学から出てきた身としては、もうこれはチャンスでしかないんですよ。今日の題名にもなってる知識の源泉の方に興味を持つ産業界の人たちが増えてきたら、何か新しいことができるんじゃないかなと。
そうなると、大学の役割やあり方、形も変わっていくと思うんですよね。なので、今日は大学の中で研究をして、会社を立ち上げたり、あるいは先ほど紹介したリバネス研究費の採択を受けたりなど、アカデミアの中でも活躍をされている先生方をお呼びしました。これから、どう仕掛けていけばアカデミアと産業界が向かい合い、事業を生み出せるか、あるいは事業じゃないにしろ、新しい仮説、それこそ知識の源流みたいなものが増えて広がるのか、というところを考えていきたいと思います。それでは、3人の先生方に自己紹介をしていただきながら議論を始めたいと思います。まず最初に、私の隣に座っていただいている大阪大学の南先生からスタートしたいと思います。よろしくお願いします。

 

大阪大学/マイオリッジ・南一成氏

京都大学でずっと研究開発し、12年くらい前からは心筋細胞の分化誘導について研究しています。3年前にリバネスさんのご協力もあって、ベンチャーである「株式会社バイオリッジ」を設立しました。また、2年前から大阪大学で心臓の再生医療にも関わっています。

 

まずiPS細胞の凄さを紹介をします。この細胞は多能性を持ちながら非常に増殖しまして、3ヶ月培養すると地球の質量100個分くらいまで増やすことができます。つまり原理的には地球の質量100個分の心臓とか肝臓とか脳とか腎臓といった臓器がつくれるというのがこの細胞の凄さです。

 

心臓の再生医療に関わっていると申しましたが、それは、心疾患が世界の死因の1位でありニーズが高いこと、そして心臓の再生医療はiPS細胞からつくる以外に方法がないからなのです。しかし、研究を進める中である課題に直面しました。iPS細胞から心筋細胞をつくることは10年前から一応できているんです。けれども非常にコストが高い。市販されてる心筋細胞だと、末端価格で1グラム1000万円くらいします。なので、そのまま単純計算で300グラムの心臓を丸ごとつくろうとすると、30億円かかる。いくらiPS細胞が無限に増えてもコストが大きな課題になると考えました。そこで、培養に必要なサイトカインやタンパク質を低分子化合物やアミノ酸に置き換える技術を開発し、非常に低コストで安定的に心筋細胞を誘導できる系をつくりました。培地コストを最大100分の1まで減少させられるため、単純計算ですけど、材料費だけでいくと、30億円だった心臓1個が3000万円にすることができました。現実的な数字かなと考えてます。しかも性質を調べると従来の心筋細胞より比較的成熟したものになっていました。

 

京都大学の知財をもとにして3年前に立ち上げたベンチャーでは、iPS心筋細胞を用いた創薬支援用の化合物スクリーニングの系を開発しています。iPS心筋細胞の拍動をモニターしながら薬の生脈の副作用などを検出できるものです。また一方、大阪大学では、プロテインフリーな分化誘導法を使って、バイオリアクターによる心筋細胞の自動生産と組織化を行っています。共同研究者の方のナノファイバー技術を用いて厚みのある心筋細胞の組織をつくり、それを心筋梗塞に移して治療するといった研究開発なども行っております。以上です。

 

滋賀大学/イブケア・大平雅子氏

私は農学部でショウジョウバエを使って遺伝子の研究をしてました。もっと人に近いことがしたい思うようになり、医学部へ進学しドクターまでずっと過ごしてきました。公衆衛生に近い分野にいたのですが「こういうふうな生活習慣をしたら健康になるよ」という情報で世の中溢れているにも関わらず、全然健康な人が増えないのはなぜかと思うようになりました。「自分で何か人を健康にするものをつくりたい」と考え、ポスドク先は工学部を選びました。でもその後教育学部に行くわけです。この問題に対して「伝えることの重要性」を感じたからです。誰に伝えるのが大事かというと、やっぱり病気になってくる高齢者より、子どもたちだと考えました。でも私は教員免許も持っていません。ですので、これから先生になる学生たちに健康に関する重要性を伝えることで、彼らがさらに多くの次世代に広げていけるのではと思いました。

 

私の専門は応用健康科学だと名乗っていますが、バックグラウンドがかなり多様なので、生物学、医学、心理、工学、教育といったような分野を統合し、一つの専門をつくりたいと考えています。

 

研究の課題設定をする上でいつも心掛けていることがあります。それは、できるだけ他人と違う切り口や方法論を使うことです。これを説明するために、研究を穴掘りに例えてみます。みんなが宝を目指して穴を掘っています。できるだけ早く宝にたどり着くためは違う穴を違う道具で掘る必要があります。ここでいう「違う穴」というのは「切り口の新しさ」、「違う道具」というのが「方法論の新しさ」なのです。その考え方で行ったのが睡眠の質についての研究です。最近、睡眠の質を簡単に測定できるデバイスの開発に多くの企業や研究者が挑戦していますが、なかなかうまくいっていません。そこで私は睡眠そのものをちゃんと評価できる指標を確立したいと考えるようになりました。実際には、寝てる間中、だ液を採取し続けられるような機器をつくったんです。その結果、起きた直後に分泌される物質が見つかりました。この物質を測定することで睡眠の質が簡単に、しかも年齢に関わらず調べることができそうなのです。多様なバックグラウンドを活かし、他人と違う事ができることは強みですが、「やりたいことがよく分からないよ」とか、「専門性がないんじゃない」とか、「色々やりすぎ」とか、様々なご意見も受けてきました。ただ、私自身としては一貫した世界観があります。それは「努力をしないで健康になれる」そういう世界をつくりたいということです。

 

現在は二つの軸で取り組んでます。1つ目は周囲の環境で健康を誘導する、つまり何もしないで健康になる空間をつくることです。そのためにいろんな環境要素が人に与える影響を調べているのですが、そもそもその人の状態を正確に評価できなかったら意味がないんですね。そういう意味で唾液で睡眠を評価するとか、新しい手法で人間の状態を評価できるような方法、つまり評価の指標そのものの研究開発にかなり力を入れています。

 

もう一つは、教育学部に来たモチベーションにもつながるんですが、伝え方の開発です。この分野については私は本当に素人で全然方法が分からなくて、いろんな学会にいったり、ちょっと面白そうなことやってる先生に突然連絡して、話を聞かせてもらいにいったりなどしていましたが、ピンとくる方法が見つかっていませんでした。でも実はこの2日間、超異分野学会に参加をしていて、いいんじゃないかという方法が見つかったので、参加してすごく良かったなって思ってます。

 

最後になりますが、こういった研究を行う上では、長期的に本当に人が変わっているのかを調べる必要があります。そのために髪の毛や爪などを使って効果を評価できる指標をつくりたいと研究を進めてきました。そんな中でそれを会社化したら研究が加速するんじゃないかとリバネスさんからアドバイスを頂きまして、2カ月前に、滋賀大学で初のベンチャー「株式会社イブケア」を立ち上げました。この方法を社会実装したいという思いもあるんですが、結局は「何もしないで健康になる世界」をつくる上で必要な個々の研究を加速させることが目的でこのような活動も行っています。よろしくお願いします。

 

髙橋

今村さんお願いします。

 

京都大学・今村公紀氏

京都大学霊長類研究所の今村と申します。皆さん、この施設に対し賢いチンパンジーのアイちゃんだったり、アマゾンに出かけたりとか、そういったイメージをもたれると思いますが、僕のグループでは、人の発生や進化を理解するためにiPS細胞を利用して研究を行っております。一般の方は、iPS細胞と聞くと再生医療や創薬を思い浮かべると思うんですけれども、これはあくまで技術なんですね。この細胞って「なにかの目的のために必要な細胞を得るための細胞の供給源」なんです。なので実はいろんな活用の仕方が考えられるんです。

 

僕たちの知りたいことは「人とは何か」という、古くからある根源的なシンプルな疑問です。明らかに僕たち、人間、ホモサピエンスといわゆる霊長類たちのあいだには大きな違いがあります。言語や知性以外にも医学的な性質についても。例えば人間に一番近いと言われているチンパンジーは、がんにほぼならないんですね。また、アルツハイマー病の病理症状も現さないことも知られています。でも、反対に心血管系の病気にはなりやすいことが知られています。そして、同じ様に人によっても病気のなりやすさに違いがあります。そのような特異性がどういうメカニズムで生まれるのかを知りたいと考えています。でも調べるために、人やチンパンジーの人体実験や遺伝子組み換え実験はできません。ただ人とチンパンジーのiPS細胞ならつくることは可能なんです。例えばチンパンジーと人のiPS細胞を作成して、そこから同じような方法で神経誘導したときに、2つの発生や遺伝子の働き方の違いを調べることは簡単にできるのです。つまり、この細胞って実は進化研究にとっていいツールなんです。こういったことを考えて僕たちは霊長類のiPS細胞を使って人が人である理由を実証してやろうと考えております。

 

さらに、実はこのiPS細胞研究と霊長類学は非常に似た状況にあると僕は考えております。これらは日本が非常に強みを持っている点でメリットをもっています。しかし、実はデメリットも似ておりまして、例えば先ほど申し上げましたように、この技術の利用目的があまりにも再生医療とか創薬により過ぎていると。そうすると、この細胞が本来持ってるポテンシャルが活かせない場面が出てくるんです。この状況は霊長類学も似ています。長らく日本に歴史がある学問ですが、生態とか行動研究が注目され過ぎているせいで、なかなか新しいアプローチによる研究がしにくい。僕はこの二つの強みの部分を掛け合わせて新しい学問体系をつくろうとしています。

 

その上で、なぜリバネスと絡みがあるのかなんですが、これは先ほど大平先生もお話しされていたんですけども、分野をまたいで新しいことをやろうとすると、まず来るのが抵抗とか反感です。2013年の冬、この研究テーマを引っ提げて医学部から霊長類研究所に移ったんですけど、早々暗黒期に入ります。研究費を申請しても取れない時期が続きました。研究テーマをがらっと変えたので、成果も業績もないし。そんな中、一番最初に採択を受けたのがリバネス研究費だったんです。そこからラボが軌道に乗り始めるまでのあいだに、大体1年に1回くらい、研究費を頂きました。お金ももちろんありがたかったんですが、それ以上に顕微鏡を1年間貸していただくとか、いろんな意味でラボのスタートアップ支援を頂きました。あとは研究への理解という意味で情報発信が必要になってくるわけなんですけれども、いろんなイベントに僕を呼んでくれたり、逆に僕が主催するイベントを手伝ってもらったりとかしました。その結果、研究も軌道に乗ってきて、データも出始めると科研費とかほかの研究予算にも通り出してきたんです。現在、リバネス研究費を4回もらってまして、もうさすがにもらい過ぎだろうということで、今は僕はリーブ・ア・リバネス研究費をしたと思っています。僕たちが目指しているのはあくまで新分野の創出です。iPS細胞、霊長類学の可能性を広げたいということで、いろいろ取り組んでおりますので、学生の方々とか研究者の方々とか興味がある方がいらしたらぜひお声掛けいただければと思います。

 

髙橋

ありがとうございます。企業側のほうがね、こういう一見基礎的に見えるような研究を応援したってなんか不思議ですよね。

 

今村

本当そうなんですよ。僕完全に基礎で、しかも業績もないんです。シードの部分をサポートするっていうのは、あまり見えていないリバネス研究費のいいところあり、ほかの支援と違うところかなと思っています。

 

髙橋

そうですね。予算の出し手の多様化っていうのはすごい大事なんじゃないかな。国の大型の予算をしっかり取るっていうのも王道として大事だけど、捨てる神あれば拾う神ありというようなスタートアップ的な研究の芽出しは、科研費みたいな税金由来、みんなのコンセンサスが必要な予算元だとチャレンジしにくい。でも、リバネス研究費みたいな仕組みを使って産業界側がアカデミアのダイバーシティを広げられたらすごく面白いなと思ってます。あと、大平先生がおっしゃってましたけれども、異分野でつながるっていうところがすごく自分の研究を広げる。そういういろんな動きをしていく中で、この3人の先生方っていうのは、いろんなことと出会いながら仮説を生んできたんだと思うんです。そこで、お三方に仮説を生み出す際に、工夫していること、大事にしてることなど、もしそういうことがあったらお聞きしたい。まずは南先生、教えてもらえますか?

 

 

課題感が仮説の原動力につながる

 

もともと単純に細胞培養が好きだったんです。細胞って顕微鏡でしか見えない世界で、学生の頃はシナプスとかを染めて非常に複雑な細胞を眺めているだけで楽しかったですし、視神経のような動く細胞なんかも物珍しかったんです。でもそれだけでは仕事になりません。神経細胞を使って臓器を人工的に作り上げたいっていう夢があり、そうなるとどうしてもたくさん細胞が必要になる。結局、限られた研究費が培地代でどんどん飛んでいくんですよね。そうすると結果的に培地を安くするような工夫をやり始める。それで化合物を見つけて、それが知財になって、それである程度限られた研究費でも周りのニーズに応えて心筋細胞を提供できるようになった。それを生かしてベンチャーもつくろうと、再生医療もやっていこうと、そういうような流れになってやってきました。僕自身がその中でこういったアイデアとか仮説を生み出す原動力が何かと言われたときに思ったのは、やっぱり課題意識なんです。

 

髙橋

なるほど。ニーズとか、あるいは課題意識とか、そういうものは戦略的に言えば、研究としてお金も付きやすいというか、理解をされやすいとこかもしれません。その点、今村先生はテーマを大きく変えましたよね。ニーズはなかったんじゃないですか?

 

今村

そうですね。研究テーマの変更は僕個人のキャリア、そして研究の戦略を考えてのことでした。個人のキャリアについていうと、当時僕は再生医療の実用化を目指した研究室で長く研究していましたが、もちろんすごく重要なことで意義もあるんですけれども、世界中でたくさんの人が同じようなことを目指しているんです。その中で、今この瞬間僕がいなくなったとして、世界は何か変わるかなって思ったんですよね。たぶんそんなに変わりはない。いれば、ちょっとは早くなると思うんですけれども、いなかったとしても世界の誰かが似たようなことを違った方法でやる。そういう中でキャリアを考えたときに、僕がいなくてもいいのであれば、研究者としてやっていく意味はどこまであるんだろうかって感じました。

 

髙橋

やっぱり爪痕残したいっていうのは前提としてある感じなんですよね。

 

今村

そうですね。研究面でも、人だけ見てても人の事は分からないって限界を感じたところもあるんですね。例えば人の疾病の研究は、健常な方と患者さんで比較することが多いんですけれども、病気の原因が見つかることってほとんどない。実は数年前に『Science』とか『Nature』でも議論されていたんですが、病気って、数個の遺伝子より、ちょっとした環境の影響で起こりうる。つまり、患者さんと健常の方の差って実はそんなに大きくないんじゃないかって。僕はこれは健常者と患者さんではなくて、発症と未発症の差だと僕は思ってます。だからそこに第三の軸として非発症というのがあれば、人の病気の本質というのが見えてくるんじゃないかと考えています。その上で人を知るために人以外の、でも人に近しい何かっていうのが必要になってくる、だから実は僕の中では自明でチンパンジーに行き着いたっていうのはありました。

 

髙橋

なるほど。ありがとうございます。こういう話聞くとすごい納得感あるけど、こういう背景的な部分ってなかなかリーチできない。でも、そういうコミュニケーションを取りたい人ってすごいいるんじゃないかなと思っています。大平さんはさっきも走り回るって言っていたけれどそういう中でテーマや仮説を立てるとき、あとはそれを発信するときに気を付けてることってありますか?

 

大平

そうですね。正直な話をすると研究者として生きていくための戦略っていうのもかなりあって、私、博士を医学で取ったんですが医師ではないので医学部ではやっていけないんですよね、研究者として。で、工学部にいた時にもちょっと新規参入だったので自信がない部分がありました。その点、私がいま在籍している教育学部の分野は健康に関わる人が結構参入しやすいんです。そういう意味で戦略的にキャリアも考えて選びました。睡眠の研究も7年くらいやってるんですけれども、もともとはストレスを評価するっていうところに特化してたんです。その中で健康になれる空間をつくりたいと考えていましたが、意識がある状態だとすごく左右されてしまうんですよね。例えば香りの場合、副交感神経を活性化させてリラックスする香りを提示してるのに、その香りを嫌いだって思うだけで交感神経が働いちゃって全然リラックスしなくなる。そういうのを考えたときに、無意識だったら一番ダイレクトに効果が見えるんじゃないかと考えて実は睡眠研究を始めました。なので、睡眠研究に関しても自分が見たいとこだけ見ればもうやめちゃえって結構思ってたんです。なんですが、やっていくうちにいろんなことが分かってきたので続けている部分はあります。

 

テーマを考える時にしていることですが、過去を振り返ると私自身、学生のときには医学部で研究をしていて、ずっと外の世界を知らなかった。だけども、工学部や心理学系に進むと同じようなことをしている人がいることに気がついたんですね。だけど、その人たちはみんな全然連携しないでそれぞれの方法でやってる。私がそういった中を走り回っていくと、同じことはやっているけれどもちょっと方法が違ったり、切り口が違ったりしていることに気がつくんです。みんながやらないんであれば、私がそれぞれのいいとこ取りをして、新たなことをしようと考えています。そうすると無理だと思われていたことも意外に難なく解決したり、ある分野では当たり前といわれていることも、よくよく聞いてみたら、証明された論文がなかったりするようなこともあったりします。そういうところをしっかり深堀りしていきたいなと考えながら仮説を生み出したりしてます。

 

髙橋

僕、今大平先生の話を聞いてて1個、思い出したことがあって、日本の研究ドットコムってまた出しますけども、あれ実は裏側で人間関係が見えるんです。共同研究関係から人のつながりが見えるから。だからえぐいこというと、学閥とか一発で分かったりするんですけど、それって時系列取れるんですよ。2010年、11年、12年って、どういうふうに人がどうつながって動いていくかっていうのが。でも、それ公開すると俺本当沈められると思ってるので、僕のパソコンからしか見えないようになってるんです。でもそれやると面白いことがあって、例えば大平さんいろんな学会にたぶん行ってるんですよ。こういう申請書出しましょうとかっていって、いろんな人と共同研究出すでしょ。そういうふうに出すたびに違う学閥というか、違うつながりでぴょんぴょんテーマを立てるタイプの人っていうのがいるんです。そういう面白い人が見えてくるんです。今って産業界側の皆さんが大学とコラボレーションしようと考えると、キーワードをGoogle検索してどうやらこの何々大の先生がすごいらしいとかで突っ込んでって、なんか大体大変なことになったりするじゃないですか。やっぱり先生方の信念とか仮説に一歩を踏み込んだ産学連携みたいなものをしたいと思った時に、先生がどういうタイプでどんな考えで、どんな思考の癖があるとか、そういう部分にどうやったら産業界はアプローチできるんだろう。実は僕1個アイデアがあるんですよ。ちょっと披露していいですか。コメントくださいね。
どういうアイデアかというと、先生の秘密のデータとか聞きに行くのは大変じゃないですか。信頼関係も必要だし、契約とかも大変だし。でも、研究室にいると最新の論文とかを輪読するセミナーっていうんですかね、ジャーナルクラブとかいうやつですよね、この分野でこんなの興味あるんだって学生とか、先生自身が持ってくることもありますけど、みんなで議論するみたいな場があるんですよ。その場って、別に秘密データ話されるわけじゃないから、ロジックとしてはオープンにしてもいいけど、今大学のゼミ室とかでやっていて、全然アクセスできない。でも、そういう場で取り上げられる論文って先生の趣味もあるし、議論そのものって秘密情報ではないから、結構アプローチしやすい入り口なんじゃないかなって。逆に言えば先生方にとっても、そういうところに来た企業を一緒に組める相手かなとか、どんなふうにできるかなみたいな可能性を探ることができる。論文をみんなで読む場っていうのを一歩公開にするというか、もちろんなんらかの契約なり約束で入ってきてもらう感じでやったら、そこってその一歩先へ進む前のファーストスクリーニングとしてすごくいいんじゃないかと。
ジャーナルクラブに企業の人って行っても大丈夫だったりするんですか。あるいはそれやっても意味ないよとか、こんな問題出るんじゃないとか、こういうふうなのも必要だよねとか、なんかもしそういうアイデアがあったら言っていただきたいんですけども、南先生なんかあります?

 

 

ジャーナルクラブを新しい大学の価値にする

 

そうですね。たぶんできるか、できないかで言えば全然参加していただけると。

 

髙橋

ウェルカムではない感じですね。

 

いやいや。ウェルカムなんですけども、こちらとしては、ただ参加して聞きにくるだけじゃなくて、論文紹介の順番に加わってほしいかな。例えば、どの論文が面白いと思ったか、どういう興味が持てるか、例えば僕らが面白いと思った論文と企業の方たちが面白いと思った論文に結構差があるのかどうなのかとかいうのも知りたい。

 

髙橋

それで結構評価される。

 

そうですね。聞きに来られるだけだとなんかちょっと損した気分が。

 

髙橋

確かにそれはその通りだ。でも、それは望むところだですよね、産業界の皆さん。これ面白いと思うんですよね、なんかそういうところから生まれそうな気がするんですよね。学会じゃあんまそういうのできなくないですか。

 

そうですね。だから全然異分野の会社さんとかが結構場違いな論文紹介とかをもし持ってきたとしても、僕らはそれはそれで新鮮で面白いと思うんですよね。だから、そういう関り方だったらお互いメリットがあるというか、ウィンウィンなんじゃないかなという。

 

髙橋

大平先生はいかがでしょうか。

 

大平

はい。うちも全然来ていただいて問題はないかなと思いますし、企業の人とのマッチングという意味では、なんか確かにいいなと思います。私自身も企業との共同研究をしてますので、私は自立して7年たちますが、その間にいろいろ失敗ももちろんありまして、、、そうやってゼミに来ていただいてとか、そういった中で人となりを知っていただけるんであれば、わざわざ時間を設定する必要もお互いなくなるし、少しいい方法かもしれないなとは思います。ぜひお待ちしてます。

 

髙橋

今村先生どうですか。

 

今村

慶応医学部だと出入りが多くて結構やってたりしてたんですけども、僕個人としても実際できるかどうかは別として全然そういうことはできますとお答えできます。ジャーナルクラブに限らず、ほかの敷居の低い交流の場をつくるっていうのは結構大事だと思ってます。僕はよく企業の方から、会社の企業の中で予算がつくかどうか分からない段階のプロジェクトに関しても相談にいけるのかという相談を受けます。そういった未確定の段階で定期的に相談できる場や相手をつくるのは、その交流を活発化するとか可能性を模索する上でいい場になるんではないかなと思っています。

 

あと個人的な希望としては、論文だけではなくて、結構特許の明細書とかそういったものとかの読み方とか、輪読の中にそういうのがあってもいいかなと思ってて。

 

髙橋

企業の方が例えば先生役とかね。

 

そう。会社や大学の特許について、どういう意図でこういうクレーム書いて、どういう意図でこういうことを出願したのかって、正直アカデミア側の僕らからすると、パッと見ても全然分からないんですよね。それを僕らとしてはもし一緒にやってくとすれば、その気持ちを理解しなきゃいけないし、その課題意識や大事に感じているものを共有できる場があればいいなと思います。

 

髙橋

いいですね。ちょっとやりたくなってきました。それこそ知財になり、あるいはどういうところに関心があるかって自分の選んできた論文も話そうよと。でもそれならできるじゃないですか。自分の会社の中でやっているデータ持ってこなくていいんですよ。こういうのも興味あるんですよねっていう論文を持ってくるとか。あとはまだ予算とか確定してないから、組んだからってやるとは言えないんだけど、でもこういう分野一緒に考えたいよねという事を話す入り口として、そういう場とかってね。例えば文科省の統計見てて面白かったのが、ここ10年で確かね、博士って減ってるんですよ、進学する人がね。課程博士はもう絶望的で確か4割減ったんです。すごいでしょ。でも、実が微減に見えてるのは社会人博士っていうのがすごい増えてるらしいんですよね。そういう人たちって共同研究とかでセットで動き出すと。もちろんそれはいい部分もいっぱいあるんですよ、一気に前に進むから。ただ一方でミスマッチみたいなものも一定割合ではきっと起きている。産業界側って1回やけどするとちょっともうアカデミアは怖いやみたいになるじゃないですか。だからできるだけそこのハードルを下げつつ、自分の関心領域を提示しつつ、仮説、今日でいう源流みたいなところをつくっていくような仕掛けとか、先生の人となりや行動特性、そういうことを共有できる場所ってちょっとつくりたいですよね。講義じゃできないですもんね、それってね。

 

今思いついたんですけど、言っていいですか。企業の方々で博士とか修士雇うときって、履歴書じゃなくてゼミの資料の履歴を持ってきてくれると、人となりが案外分かるんじゃないかと思ったんですけど、どうです、それ。だって、どういうところに関心持って、どんな資料作ってってたぶんすごいセンスが出ると思うんですよね。思考の癖とか趣味とか、なんかゼミみたいなのの価値を最大化したら、なんか大学の大きな資産になる気がしてきましたね。ゼミで近くの大学の先生のとこに月1回ジャーナルクラブ行きますとかだったら、なんか行けそうな気しません? そうでもない? なんか激しくうなずく人と、俺ちょっとまずそうだなっていう人がいますけど、いや、すごく、僕それは面白いアイデアだなと思うんですけれども、なんかそんな形でリバネスがちょっとサービス化しようかな、それ。行きたいところあったら言ってください。僕、先生探してきます。こんな分野でこんな先生でこの辺でって言ったら。でもやってみません?今言ったみたいに、大学の先生たちはもちろん学生の指導も含めて先生側も学びたいことはあって、そういう場は悪くないよって言ってくださっているので、ぜひそのフォーマットをちょっとアップデートしたいんですよね。先生にいきなり行って、企業が来たら共同研究とかすごい求められちゃうけど、でもその前の一歩目っていうのを形化してくっていうのいいかもしれないですね。

 

最後一言ずつで締めたいと思いますので、3人の先生方から一言びしっと何かコメントを。ゼミどうぞとかでも、何か一言出していただければ。

 

今村

僕このクエスチョンに対して答えてなかったので、最後の一言、これに対する僕の考えを申し上げますと、僕、どうやって仮説、アイデアを生み出すかっていうところに関しては、いかにニュートラルである、つまりあるものをあるがまま受け止め何ができるかっていうのを偏見なく見るっていうことが大事だと思ってます。僕、アイデアって全て当たり前だと思っているんですね。どんなすごいアイデアも聞いてしまえば当たり前と。じゃあ、その当たり前と思うっていうことは、全員がアイデアを思いつけるはずなんですよ。聞いて理解できるということは。それが思いつく人と思いつかない人の差が仮説を生み出せるかどうかの差になってきてると思うので、その部分にヒントがあると考えています。

 

大平

私自身は仮説を生み出すだけではなくて、分野を超えるということに関してもですが、結構やってみたらなんてことはないということが多いかなと思ってます。行ってみたり、飛び出してみたら新たな視点が生まれたっていうようなことがあります。私自身はこの仮説に関してもですし、研究のアイデアに関してもですが、やっぱり自分の中で勝手につくっちゃうハードルとか先入観みたいな、そういうものが結構邪魔をしてて自由に発想ができにくくなるっていうことがあると感じています。やってみたら意外になんてことはない。変わるっていうことが仮説を生み出すにも、ちょっと大事なことなのかなと思ってます。以上です。

 

さっき言ったようなニーズだとか課題とかを企業にしろ異分野間の学際にしろ、お互いに共有することは重要なんですが、解決方法とか具体的なアイデアとかをその場で明文化しちゃうと、どうしても情報が取られるんじゃないかとかお互い思ってしまって、二の足を踏んでしまうのではないかと感じます。アイデアは自分一人のものとして大事にしつつ、コミュニケーションしていけるかどうかが社会実装を目指せるような発想や研究開発ができるポイントなんじゃないかなと思ってます。以上です。

 

髙橋

ありがとうございました。やはりこういう超異分野の場に来てくださってる先生方や企業の皆さん、私自身も含めてですけれども、分野間のハードルをどう超えて、新しい仮説を得ようという考えています。そういう意味では貪欲に動ける仲間同士だと思います。ぜひ情報交換をして次の異分野を生んでいくための、新しい仮説、知識の源流を掘る活動が皆さんと一緒にできたらと思います。以上、髙橋でした。ありがとうございます。

 


<プロフィール>

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京都大学霊長類研究所 ゲノム細胞研究部門 ゲノム進化分野 助教

今村公紀(いまむら・まさのり)氏
富山県高岡市出身。博士(医学)。金沢大学理学部、奈良先端科学技術大学院大学、京都大学大学院医学研究科、三菱化学生命科学研究所にて学生時代を過ごした後、滋賀医科大学 特任助教、慶應義塾大学医学部 特任助教、理化学研究所 客員研究員を経て、2013年より現職。幹細胞の視点からヒト進化や生後発育の研究に取り組んでいる。リバネス研究費として、ライフテクノロジーズジャパン賞(第18回)、オンチップ・バイオテクノロジーズ賞(第24回)、SCREENホールディングス賞(第29回)、L-RAD賞(第36回)を受賞。
【研究室website】http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/sections/molecular_biology/member/imamura.html

 

滋賀大学 教育学部 准教授/株式会社イブケア 取締役

大平雅子(おおひら・まさこ)氏
2011年大阪大学大学院医学系研究科博士後期課程修了。同年長岡技術科学大学産学融合トップランナー養成センター産学官連携研究員。同年滋賀大学教育学部講師。2015年同大学教育学部准教授。大学院在学中から一貫して唾液中のホルモン等によるストレス評価研究に従事。近年は体組織液・爪・毛髪由来の生化学物質による心的ストレス評価など、唾液を用いないストレス評価の方法論の研究開発にも従事している。博士(医学)。

 

大阪大学医学系研究科 組織・細胞設計学共同研究講座 特任准教授
株式会社マイオリッジ 技術顧問

南一成(みなみ・いつなり)氏
2003年3月京都大学理学部生物科学専攻生物物理学教室神経生理学講座 博士課程修了(理学博士)。新規化合物を用いて低コストで安定な細胞分化培養液と細胞培養法を開発し、iPS細胞から高品質の心筋細胞を大量生産して安定供給する研究開発を行っている。この新規培養技術を用いて、より高次の細胞組織を実用化するための基盤作りを目指す。2016年にiPS細胞由来の心筋細胞の大量培養を目指すバイオベンチャー、株式会社マイオリッジ技術顧問に就任。2017年より大阪大学医学研究科 組織・細胞設計学共同研究講座 特任准教授。

 

株式会社リバネス 代表取締役社長COO

髙橋修一郎 (たかはし・しゅういちろう)
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、博士(生命科学)。設立時からリバネスに参画。大学院修了後は東京大学教員として研究活動を続ける一方でリバネスの研究所を立ち上げ、研究開発事業の基盤を構築。独自の研究助成「リバネス研究費」や未活用研究アイデアのデータベース「L-RAD」のビジネスモデルを考案し、産業界・アカデミア・教育界を巻き込んだオープンイノベーション・プロジェクトを数多く仕掛ける。

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