• 第8回 超異分野学会 本大会

【第8回大会ダイジェスト】100億人を養う地球の耕し方を考える

2020.02.18

左から:ファームシップ代表取締役・北島正裕氏、森林総合研究所主任研究員・藤井一至氏、
小橋工業代表取締役社長・小橋正次郎氏、リバネス代表取締役グループCEO・丸幸弘(オーガナイザー)

→プロフィールを見る

 

 

100億人を養う地球の耕し方を考える

<2019年開催・第8回超異分野学会ダイジェスト>

 

「あたりまえ」の存在でありながら、現代科学でも「わからない」ことが多く残されている資源である土。急激に人口が増える近未来において、われわれは地球をどう耕していくべきなのでしょうか。
本セッションでは、『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』の著者である森林総合研究所・主任研究員の藤井一至氏、『地球を耕す』を新たな理念に掲げる農機メーカーである小橋工業・代表取締役社長の小橋正次郎氏、農と食の未来を創造するアグリテックカンパニーであるファームシップ・代表取締役の北島正裕氏、リバネス代表取締役グループCEO・丸幸弘の4名によるディスカッションをお届けします。

 

第9回超異分野学会は2020年4月23日にオンライン開催します。

 


 

「土が良い」とは、一体どういうことなのか。

 

リバネス・丸幸弘

日本では人口減少が大きな問題になっている一方で、地球全体の人口は、これから2050年、2060年に向けて約100億人になるといわれています。果たして100億人もの人間がこの地球上で、今と同じように食糧、水、環境、空気を保ったまま豊かな生活ができるのか。これを真剣に考えなければならないタイミングが来ています。

 

今日は『100億人の地球の耕し方」というテーマについて、非常に面白いメンバーで議論をしていきたいと思います。まずは、このセッションのスポンサーでもある小橋工業の小橋正次郎社長!

 

小橋工業・小橋正次郎氏

よろしくお願いします。

 

「土のことだったらこの方に聞け」、地球の土をすべて知っている森林総合研究所の藤井一至さん。

 

森林総合研究所・藤井一至氏

よろしくお願いします。

 

「いやいや100億人が生きていくには土だけじゃ無理だよね」ということで、植物工場をやっているファームシップの北島正裕さん。

 

ファームシップ・北島正裕氏

よろしくお願いします。

 

そしてファシリテーションはリバネスの丸が担当します。まず初めに、藤井さんから自己紹介も兼ねて「地球の土とは何か」についての話をお願いします!

 

藤井

藤井一至です。ざっくり自己紹介をすると、国立の森林研究所の研究員です。本も2冊書いていて、2018年に出した『土 地球最後のナゾ』はその年の新書大賞で12位に入りました。10位には1点足りなかったそうで、そういうところが「やっぱり地味」という気もしますが、ともあれ、いろいろな形で土の魅力を発信したいと活動しています。

 

皆さん、「良い土」って一体どういうことかわかりますか。実はこれ、案外条件がきついんです。

 

例えば、通気性がいいとか、排水性がいいとか、保水性がいいとか、肥料の持ちがいいとか、酸性でもアルカリ性でもないとか、病気にかかりにくい、とか。

 

それから、ただサラサラしているだけではなくてコロコロとした粒が混ざっているとか。これはほとんどがミミズのウンコです。ちなみに、病気にかかりにくいというのも、土の中にミミズが多いとか、いろんな微生物が多様であるということが重要になってきます。とにかく、良い土の条件はかなりきつい。

 

そんな中で、世界で一番肥沃な土があるのが、アメリカのプレーリー、南米のパンパ、ウクライナといったところです。地理の教科書で「ここが穀倉地帯ですよ」と習うような土地に、そういった条件を満たす真っ黒とした良い土があります。

 

また、肥沃な土がどこにあるかを地図にすると、ざっくり言えば中国とかインドとか、人口が多いところは良い土が多いということがわかります。良い土というのは、世界中にきれいに分布してるわけではなくて、むしろ「多すぎるところ」と「少ないところ」があります。

 

日本はというと、残念ながら良い土ではありません。雨が多いところは酸性になりがちで、そのために石灰をまかなければいけないという問題があるので。ただ、「まあまあ良い土」ではあります。

 

そんなわけで、世界には大きく分けると12種類くらいの土があります。僕たちは一言で「土」といいますが、「これから土をどうしていけばいいか」という話をするときには、人によって話の前提になっている土が違うかもしれない、ということに気を付ける必要があるわけです。

 

では、その12種類の土で、地球はどれだけの人口を養うことができるのか。例えば12種類の土ごとに、現在どれくらいの人が暮らしてるかという「土の種類と人口密度との関係」を地図にして一覧してみると、日本はどう見ても「これ以上増やせない」という感じですが、その一方で人口密度が低いところは「まだまだいけそう」と見えなくもありません。

 

ただ、それは本当に「伸び代がある」ということなのか、それとも「もともとそれ以上は無理」ということなのか。実際には、これはやっぱり後者なんです。土だけでなく、例えば雨量の分布で考えてみても、同じことがいえます。概して、雨が多いところほど人口も多い。やっぱり水がないと人が増えるのは厳しいという現実があるわけです。

 

もう一つ加えると、いくら土が良くても、それが凍ってしまうようなところでは話になりません。人口のことを考えるときには、やはりそうした気候の制約は大きいわけです。

 

具体的にいうと、乾燥した土地で頑張って灌漑をして農業をしようとすると、塩が吹き出してしまったりするんですね。われわれ土壌学者は、メソポタミア文明はそれで崩壊したのではないかと信じていたりもします。教科書にそう書いてあるわけではありませんが。

 

 

窒素肥料がなければ、今の人口の6割は存在しなかった。

 

藤井

次に、いわゆる土壌の肥沃度とはどういうことか、という話をします。

 

焼畑農業というものがありますが、あれは結局何かというと「森林だったものを畑に変える」ということです。その1年目って、ものすごく収穫量が良いんです。でも、2年目、3年目、とだんだん落ちていく。なのでどこかの段階でもう1回森に戻して、再び肥沃になったところでまた畑にして使おう、というのが伝統的な方法です。

 

それに対して、収穫量が落ちてきてもそのまま使い続けた結果、土がダメになってしまって、「もう1回森に」と戻そうとしても戻れなくなってしまった。ざっくり言うと、これがアフリカです。

 

その状態になってしまった土をもとに戻すためには、自然の力だけではもう無理で、肥料に頼るしかありません。化学肥料だとか、有機肥料だとか、そういったものに依存することになるわけです。

 

そこで極めて画期的だったのが、およそ100年前に開発されたハーバー・ボッシュ法による窒素肥料です。もしこの発明がなければ、現在の人口の6割は存在することができなかったといわれています。

 

ただし、この肥料にも問題はあって。というのは、国ごとの一人当たりGDPと肥料の消費量はものすごくきれいに比例しているんです。つまり、本来は土の悪い国人ほど肥料を必要としているのに、その肥料を使えるかどうかはお金で決まる、という矛盾した現実がある。その結果として最近では、お金持ちが貧しい土地を買い占めるという動きもおこっています。

 

その意味では、私は「土の代表」として負けを認めなければならないところがあります。今は植物の品種改良の研究も進んでいますが、「この植物は最高の条件なら10育ちます」というものが、土で育てると「半分の5しか育たない」ということが普通に起こります。

 

実際にアフリカでは、土がネックになって植物のポテンシャルが全然発揮できなくて、それが貧困の原因になっているわけですから。「こういうことになるのは土のせいだ」と言われれば、「その通りです」としか言いようがありません。

 

その一方で世界にはカナダの大平原に延々と広がる畑や、ブラジルの広大なダイズ畑のように、不耕起で全く何の問題もなく作物が育つ土もあるわけです。こういうところの農業は省力ですし、すごく上手にI T管理もできています。

 

また、世界全体の大きな流れとしても、不耕起農業で、農薬をばんばんまいて、その農薬に耐性をもたせた遺伝子組み換え作物でやるしかない、という方向になりつつあります。

 

ただ、農業のあり方というのは想像以上に多様で、みんながその流れに乗れるわけではありません。すでにお話ししているように不耕起ではうまくいかない土地もあるわけで、そういうところはやっぱり土を耕さなければ生きていけません。

 

例えば日本の粘土質の地域では昔から牛をよく飼っています。牛を育てるためには穀物がたくさん必要なので、シンプルに考えればそんなことをせずに穀物を作って人に回すべきなんです。それでもあえて牛だったのはなぜかというと、土が重粘土質で、それを耕すためには昔は牛の力が必要だったから、という時代背景があったりします。

 

また、日本は災害が多い国ですが、地質図を見てみると「ああ、だから土砂崩れが起きたのか」ということが一発でわかります。ただ同時に、日本人はその土砂崩れによって肥沃になった土をうまく田んぼに使っていたりとか、噴火で降ってきた火山灰を生かして野菜を栽培したり、という工夫をしてきました。最近私が協力したものでいうと、普通の稲作では窒素肥料を撒いたほうが収量が取れますが、あえてその量をギリギリまで落とすことで、お酒の原料としては良いものができる、という例もあります。

 

そんなわけで、土と人間には本当にさまざまな関わりがあるわけです。植物工場やトラクターに比べると地味かもしれませんが、土は土で頑張っているんだよ、ということでひとまず私の話を終えたいと思います。

 

ありがとうございます!いやー、面白い。これだけ土を愛している人間って小橋さん知ってますか。

 

小橋

いや、すごいです。藤井先生の『土 地球最後のナゾ』は僕も読ませていただきましたが、これは本当にオススメです。会場の皆さんもぜひ読んでみてください。

 

僕から藤井さんにちょっと質問なんですけど、地球には12種類の土があるということでしたが、砂漠も土の種類に入るんですか。

 

藤井

砂漠は、水さえあればかなり肥沃な土に変わるんです。実は普通の土よりも栄養を含んでいたりするので、かなり育ちがいいそうです。一番有名なのはイスラエルの点滴農業ですね。畑全体にバーっと水を撒くのはもったいないということで、根っこの周辺だけにポトポトっと水を点で落とす。その設備投資さえ可能であれば、あとは使う水が塩分をたくさん含んだものでなければ、かなり魅力的な農業だと思います。太陽には困らない土地なので。

 

そうすると、土の定義ってどういうことになるんですか。

 

藤井

ざっくり言うと、「植物が潜在的に育つ場所を全部土と呼ぼう」というのが一番広い呼び方なんですよ。だから砂漠はOKです。一方で、ただの岩はちょっと違うよね、と。

 

もっと狭い呼び方になると、「植物と土と生き物が岩と関わり合ってできた黒い物」みたいな意味になってきます。なので、捉え方によって土の定義は変わってきますね。

 

 

植物工場の最大の付加価値は「鮮度」。

 

藤井さんからは土の話をしてもらいましたが、次はいわば水の話です。「土なんて古い、100億人を養うのは水だ」という話を植物工場をやっているファームシップの北島さんにしていただきたいと思います。これはもう、土対水のバトルですから(笑)。

 

北島

えー、僕はそんなに不遜な人間ではないのですが、ともあれよろしくお願いします(笑)。

 

まずファームシップの紹介を軽くさせていただくと、2014年設立のまだまだ小さな会社です。野菜を育てる植物工場を一つのコアにして、J Aさんのように生産者の取りまとめもしつつ、市場機能も担いつつ、というビジネスモデルを構築しています。

 

それに加えて、流通事業として、物流や顧客開拓、その先のマーケティングまでを含めた業務も行っていて、現在までに数千店舗の販売ネットワークを構築してきた実績があります。物流については、今後は自社物流も視野に入れつつ展開していければ、というところです。

 

本題の植物工場なのですが、技術自体はかなり前からあって、ビジネスとしてもすでにモヤシやスプラウトなどは完全に成立しています。一方、現在われわれが手掛けているのは、もう少し栽培日数が長い葉菜を中心にした植物工場です。日本中にネットワークを構築してきた実績として、グループ全体で大体1日10トン、年間3500トン程度の葉菜類を作れる生産規模になってきています。

 

植物工場というのは皆さんご存知の通り、いかにも工場っぽい外観でして、このセッションのテーマからすると完全に敵役といいますか、土が全くない環境で野菜を作っています。基本的には水耕栽培で、水耕栽培にもいろいろな類型があるんですけれども、われわれがメインで採用しているのはプール方式と呼ばれるものです。

 

実は海外にも目を向けていて、たまたまご縁があったことからインドネシアのボゴールという地域で合弁事業をやらせてもらっています。規模は小さいのですが、植物工場を立ち上げて、テストマーケティングを行っている、という状況です。

 

それで衝撃だったのは、テスト的に工場でベビーリーフを栽培して10〜15グラム単位で売ってみたら、1000円でもバカ売れしたんです。その背景は何かというと、まだまだ普通に使える水がきれいな状態ではないので、あちらでは「フレッシュな野菜」に対するニーズが非常に高いということで。日本では考えられない値段ですが、それでも全然売れていきます。だからといって単に海外に出ればいい、ということでもありませんが、インドネシアは人口も日本の倍近いですし、若年層も多い国ですから、ポテンシャルは非常に感じています。

 

そんなわけでファームシップでは、昔から存在する植物工場の技術をどう生かしていけばビジネスになるのか、ということを追求しています。今後はそれをもう一段進めて、従来の農業ができてない部分でもある「マーケットインの発想」を取り入れていきたいと考えています。

 

植物工場の良さを最大限に生かすことのできる付加価値は何なのかというと、それはおそらく「鮮度を保証すること」です。そういったことを実現できるようなコールドチェーン、バリューチェーンのシステムを作っていくというのが、われわれが最終的に目指しているところです。

 

最後に、丸さんがしきりに誘導したがっている「バトル」の話に少し近づいてみようと思います。

 

われわれ人間は、将来的には宇宙に旅立っていくということがいわれていますが、現実的に考えると、宇宙でまず必要になるのが衣食住という生活のインフラです。ではその時に、どういう農業であれば、人々の生活を支えることができるのか。

 

おそらくそこで制約になってしまうものが、僕は「土」だと思っているんです。現在は農業のベースである土そのものが、宇宙時代には制約になってしまう。そして、そこに対するソリューションを出せなければ、人類の発展は望めないのではないか、と。

 

実はファームシップという社名には、人間が土から離れて宇宙に行くときの船に自分たちはなるんだ、という意味があります。そのプロセスとして、まずは農業を起点とした食料生産の生産性を上げていくことに取り組んでいますが、最終的には宇宙にも行けるように、というところを目指して進んでいきたいと考えています。

 

 

植物工場のコスト、従来の農業のコスト。

 

北島さんの話にも出ましたが、植物工場というのは別に新しい話ではありません。実は40年前から存在している技術で、今皆さんが食べてるモヤシやキノコは、すでに8割が工場生産です。スーパーに行くとモヤシは十何円とか二十何円で売られてると思いますけれども、安さの理由は完全に工場だからです。

 

ただ、モヤシやキノコの栽培には光がいらないんですよ。でもそうじゃない野菜には光が必要ですよね。そうすると、普通の農業ではそこにある土を使って、水は技術的には点滴でO Kで、光は太陽があって、ということでエネルギー効率からすると非常にサステナブルでいいよね、という話になる。それに対して、植物工場で人工的な光を使うというのは、コスト面で本当に成り立つようになるんでしょうか。

 

北島

それはおっしゃる通りで。植物工場を成り立たせる方法っていうのは、いくらでもあると思うんです。ただ、持続可能性の話になってくると、植物工場では既存の農業の40〜50倍の電気エネルギーを使うことになる、というのがわれわれの試算でも出ています。そうすると、植物工場は「やればできないことはない」けれど、「持続可能性の意味ではクエスチョンがつく」ということになるのが現状です。

 

なるほど。いや、実は北島さんには今の話に反発してほしかったんですけど(笑)。というのは、確かに植物工場は光に電気エネルギーを使うかもしれないけど、農地だってトラクターで耕すときにはガソリン使ってるじゃないか、と。この点についてはあまり意識せずに、「農業にはもともと光と土と水があって、電気を使う必要はないんだ」みたいなことを多くの人が言いがちなんですけど。これ、小橋さんはどう思いますか。

 

小橋

トラクターの燃費については言及を避けますけれど、少なくとも小橋工業がつくっている耕うん爪のような農業機械を製造する際にも多くのエネルギーを使っているのは事実です。それを考えると、植物工場は40倍も電気を使うから悪いとか、普通の農業は自然だから良いとかっていう話にはならないですね。

 

 

発展途上国に必要なのは植物工場か、それともサプリか。

 

農業って英語だとアグリカルチャーですよね。つまり農業というのは、土が文化を作って、食料を生産し、そこに人が住むっていう意味だと思うんですよ。いや、僕も農学博士なので、たまには良いこと言わないと(笑)。

 

その一方で植物工場というのは、日本に置こうがアフリカに置こうが、ある一定のエネルギーと種さえあれば全く同じものができあがるわけです。ここになんだか違和感があるというのは、僕が古い人間だからでしょうか。皆さんはどうですか、全く同じものをみんなが食べているっていうのは。これ完全に北島さんにケンカを売ってるんですけど、北島さんはどう思いますか。

 

北島

えーと、はい。確かに皆さんに同じ物を食べていただこう、っていうビジネスをわれわれはやっちゃってます。

 

違和感があるのはまさにそこで。植物工場っていうのはビジネスであって、もはや農業じゃないですよね。

 

北島

ただ、ひとまず合理性を追求するというのは、資本主義である以上はそうなるだろうな、と。それこそ遺伝子組み換え作物もそうですけど、ビジネス的には同じものを工業的に作りたくなってしまうわけで。もうベースとして生産性が高いものを植物工場のような高度な環境制御システムの中で作ったほうが、確実に生産性が高いわけですから。

 

ちょっとこれ会場にも聞いてみたいんですけど。もう皆さん、目をつぶってください。北島さんが言うように、「栄養があるなら、毎日同じものを食べてもいいよ。何ならサプリみたいなものでもいいよ」っていう方、手を挙げてください。なるほど。

 

じゃあ今度は、丸が言うように「いやいや、俺は違う物を食べたい。これはおじいちゃんが作ったんだろうね、土の匂いがするね、いろんな土地で違うね、というものを食べたいな」と思う人、手を挙げて。はい。ありがとうございます。ほら、もう圧倒的に俺の勝ちだね(笑)。

 

でも、わがままな人間の面白さというか、そう言ってる僕もサプリは飲んでるんですよ。サプリを飲みつつ、好きなものも食べてる。これ両方やりたいよね、というのが人間だと思うんです。

 

その一方で、会場の皆さんが発展途上国に行ったことがあるかどうかわかりませんけど、実際に行ってみると、現地では本当に栄養素が足りていないんです。だって野菜が作れないから。だから、むしろ発展途上国のほうがサプリを必要としているんですよ。

 

そう考えると、実は「100億人の栄養を守る」ためには、僕らは最先端の技術でサプリのほうをサポートしなきゃいけなくて。野菜というのは逆説的に高級品になっていくんじゃないか、というのを僕はずっと思っているんです。

 

地球規模で考えれば、ファームシップは植物工場をアフリカに持っていくべきなのか、それとも栄養素の高いサプリをファームシップの流通に乗せて配るべきなのか。北島さんはサプリはやらないんですか。

 

北島

いや、丸さんの素晴らしいファシリテート能力のおかげで、うちは冷たい会社に見られてるかもしれないですけど、別にそんなことはなくて(笑)。

 

植物工場の機能について話をすると、どうしても先ほどのような内容になるんですが、食というのは基本的にはカルチャーですから、やはり多様な文化があるべきだし。あとは人間ですから、いろんなものを食べたいという話もなくならないと思います。

 

ただ一方で、ベースとしての食事というか、カロリーというか、それをどう摂っていくかというのも一つの命題ですし、サプリも含めてやれることはやっていきたいと思っています。ですからそこは、やはり組み合わせなのかな、と。

 

土の観点からいうと、藤井さんは今の話をどう思いますか。

 

藤井

栄養素の話がありましたけど、植物って13種類の元素を満たせば育つということはわかっているんですね。これは植物工場でも同じなんですけど。ただし、実は植物工場ですら、そのほかの微量元素が水の中に溶け込んでるわけで。そしておそらく、そのお陰でなんとか私たちは生きられてるんです。つまり、実は13種類の元素だけで私たちは生きているわけではない、ということです。

 

運悪く栄養の偏った土で地産地消をやろうとすると、栄養失調になったりすることがあるんですよ。だから単に地産地消を美化しすぎることもリスクですが、逆に、13種類の元素さえあれば人間は生きていけるんだという思い込みにもリスクがある。

 

土を介して、あるいは水を介して、知らないうちに微量の元素を摂れているということは十分にあり得る話で、私たちはそうやっていつの間にかリスクを軽減できているということは認識しておくべきだと思います。

 

ただし、だからといって「土だけを使え」「植物工場はなしだ」っていうのも違っていて。

 

冒頭で僕は土には12種類あるという話をしましたけど、例えばラスベガスが代表的ですが、海外に行くと土が悪いところには必ずと言っていいほどカジノがあります。そこはもう農業を諦めているんです。逆に農業をやってしまうとすごく貧しいことになるから。つまり、土だけに縛られて暮らすということにも、リスクがあるんです。

 

僕がこういうことを言うと「土の研究者のくせに何を言ってるんだ」という話になるんですが、土が悪いところに植物工場ができることで、うまく土と共存できる可能性は逆にすごく広がるんじゃないかと思います。

 

例えば今は福島の土が原発事故で汚染されて大変なことになっていますが、水はそうでもありません。なので土が回復するまでは植物工場でいく、ということになれば、もっと土地をうまく使えることになる。

 

土を軽視すべきではないけれども、逆に土だけに縛られすぎてもいけないという、その両面があると思っています。

 

 

日本では1.4%の農家が98.6%の消費者を支えている。

 

これは僕の個人的な仮説なんですけれども。今日本では人口が減っていますよね。その理由をずっと考えていて思いついたのは、「土との接点が減ったから」なんじゃないかな、と。ちょっと突飛ですけど、ロジックを説明してみますね。

 

まず、土との接点が増えると病気が増えるんです。いろいろな菌がいますから。それで病気が増えるということは、死ぬ確率が増えるんですよ。で、人は死を考えたときに「もっと増やそう」という原理が働く遺伝子があると仮説するならば、死ぬ確率が増えるということが、逆説的に「人を増やそう」という原理になるわけです。

 

だから、土とか農業というのは、もしかしたら生命を育む意思を持った地球の宝物なんじゃないか。もし土がなくなってコンクリートだけになってしまうと、人類は急速に減るんじゃないか、と。小橋さん、この仮説どうですかね。

 

小橋

いや、素晴らしい視点ですよ。少し付け加えると、その「土から離れている」という話は日本の家制度の問題と同じだと僕は思っているんです。

 

かつては日本でも、農村に行けば5〜6人の子どもを産んでいた時代がありました。なぜそうだったかというと、農地を耕すために人手がほしいから、子どもを産んで育てて、ということをやっていたわけです。そして、一子相伝ということで長男が家を継ぎ、次男以降は働き口を求めて都市部に出ていく、と。

この都市部に出て行った次男以降の人たちは、東京や大阪でそのまま育って、そこで新たに家族を作ります。そうすると、これ、代を重ねるごとにどんどん土から離れて、都市部への一極集中が加速していきます。

 

その結果どうなったかというと、今の日本では1.4%の農家さんが98.6%の消費者を支えているという構造になっているんです。

 

一方で、ヨーロッパやアメリカを見てみると、そんな極端な比率には決してなっていなくて。そう考えると、土から離れることによって人口が減るというのは、結果的には合ってるかもしれません。

 

面白いですね。というか、わずか1.4%の人たちが、われわれみたいな都市部に住む、土から離れた98.6%を支えている構造って、これから大丈夫ですかね。

 

小橋

それが日本の実態ですし、今後はさらに進んでいきます。だからこそ、われわれは99%の人を支える1%の人たちを支えなきゃいけないんですよ。

 

 

農業の再定義としての「地球を耕す」。

 

この辺で、ちょっと会場からの質問も受けてみようと思います。皆さんどうですか。

 

質問者

植物工場の技術に関してお聞きします。現在の植物工場の主流は水耕栽培ですが、「最終的には土による植物工場を目指している」という話を聞いたことがあります。その路線というのは、まだまだ効率が悪いので実用化されていないということなのでしょうか。

 

北島

言い方が難しいのですが、「水耕栽培だから土を使わないのが正しい」というわけでもない、というのが最近思っていることです。

 

藤井先生のお話にもあったように、やはり土にはいろいろな力がありますし、よくわからないことも多いですね。微量元素だったり、菌だったり、何が含まれているのかが目には見えない世界がそこにはあるので。

 

あとは土自体が植物を支える力とか、外の環境変化に対する緩衝性などの機能もありますし、そういった力を無機的なもので完全に代替できるかというと「そうじゃない」という部分もあると思います。

 

その辺は組み合わせの話かもしれないし、結局のところ「最適解は土」ということになるかもしれません。

 

僕からも今の話に付け加えると、なぜ土で植物工場をやらないかというと、水耕栽培というのは、高度に管理された水の中で行うわけです。どういう栄養素がどのくらい入っているかというのが重要なので。あと、実は水耕栽培は水の使用量がものすごく少ないんです。土に撒く水の何百分の一で野菜を成長させられるので、環境にも優しいし。

 

ところが、土には微生物がいたり、微量元素が含まれていたりするので分析が難しいんです。「この土を何回使うと植物が育たなくなるか」ということもちょっとわからない。農家さんはそういうところを感覚でやっていますから。だから、植物工場はそれを排除しているわけです。

 

でも、土と同じ機能を人口的に作ることができれば、植物工場に入れることができるかもしれません。それで実はリバネスでも「未来の土」というプロジェクトをやっているんです。化学会社さんと協力して、ミミズのウンチのような粒子をポリマーなどで人口的に作っていくとか。

 

こうした取り組みがうまくいけば、植物工場でジャガイモのような根っこ物を作れる時代が来るんじゃないかと言われてますよね、北島さん。

 

北島

おっしゃるとおりです。ただ土については、やはり藤井先生にお話をきちんとお伺いしたいな、と。

 

おお、これはもう藤井先生とファームシップで共同研究が決まりましたね(笑)。水耕栽培と土のコラボですよ!

 

北島

結局のところ、やっぱり土の恩恵が水にも溶け込んでいて、それを使っている部分はあると思うんですよ。ただ正確にはわからないので、「わからない世界のことは排除しよう」「コントロールできるものでやっていこう」というのが植物工場の、なんというかちょっと傲慢な考え方なんですけど。とはいえ本来は、生物学的な、あるいは科学的なところも含めて考えると、まだわかっていないさまざまな要素が植物の生育には必要だと思います。

 

これはいよいよ藤井さんの時代が来るかもしれないですね。

 

藤井

いや、植物工場については、僕もちょっと考えてみたんですけど。さっき文化と植物工場は違う、という議論がありましたよね。でもよくよく考えてみると、もともとの野菜、例えば京野菜とかの伝統野菜って大都市にあるものなんですね。京野菜というくらいですから。それがなぜできたかというと、大都市の人間が出すウンコを撒けたからなんです。でも今は全部下水で処理されますから。そうすると、そういうかつての文化としての野菜に置き換わる存在としての可能性も植物工場にはあるのかな、と思いました。

 

小橋

多分、これからは農業の形が変わってくると思うんですよ。もし仮に、土のメカニズムなり栄養素なりが全部分析できたときには、丸さんが化学会社と取り組んでいる「未来の土を作る」ということ自体が農業になるわけです。その土さえできれば、作物はできるわけですから。そう考えると、これからは農業を再定義していかなければならないですよね。

 

それでいうと、小橋工業は2019年の1月に「地球を耕す」というビジョンを出しましたよね。これって、どういう概念なんですか。

 

小橋

おお、いい質問をありがとうございます(笑)。

 

われわれ小橋工業は1910年の創業以来、100年以上にわたって農業機械だけを作ってきた会社です。ただ、今の社会には本当にたくさんの問題があって。このセッションのテーマである「100億人をどう養うか」ということも解決していかなければいけない一方で、農業従事者は減っています。そんな中でわれわれがやるべきことは、農業機械を作るだけではないだろう、と。それで出てきたのが「地球を耕す」という考え方だったんです。

 

もちろん従来通りに田畑も耕しますが、他にも耕さなければならない場所はたくさんあります。例えば僕自身は、植物工場には賛成です。露地栽培では「鮮度を保つ」ことは難しいし、災害にも弱いですから。そこをカバーするという意味だけでも植物工場は非常に重要で、つまりこれは小橋工業にとっての「未開の地」なんです。であれば、植物工場のオペレーションの課題を解決することも、一つの「耕す」になる。また、これからは陸だけではなく、海も空も耕していかなければなりません。「地球を耕す」というビジョンは、そういった意味なんです。

 

 

土とは何か。農業とは何か。

 

楽しい話はすぐに時間が過ぎてしまうんですけれども、最後に皆さんから一言ずついただいてこのセッションを終わりたいと思います。まずは北島さんから。

 

北島

皆さんからのご意見も含めて、楽しい時間を過ごさせていただきました。先ほど農業人口の議論がありましたが、日本ではどうしても工業が強いので、農業には人が集まりにくいところがあります。資本主義と自由貿易の世界では、「資源の奪い合い」が起きてしまうのは仕方がない部分もあります。ただ、われわれとしては、農業に先端技術を活用して未来ある姿を見せることで、少しでも農業に人が集まるような形にしていきたいと思っています。農業の発展に貢献することがわれわれの会社のミッションでもありますので、是非ご支援いただければ、と。今日はありがとうございました。

 

皆さん拍手をお願いします。北島さん、ありがとうございました。では藤井さん、お願いします。

 

藤井

今日はありがとうございました。僕はずっと土の肯定派でやってきていますが、その土にも実は重金属の汚染があったり、土の微生物の中でも例えばフザリウムというものはバナナに病気を移したりするわけで、「土は良いことばかり」というわけではありません。

 

もちろんそれをコントロールするために一生懸命努力はしていますが、そんなに容易ではないこともわかっています。「産業的には邪魔者になる」という可能性も自覚しつつ、土づくりという難しいことに取り組んでいかなければならない、ということだと思っています。

 

また、「土づくり」という言葉は当たり前に使われますが、それが一体どういうことなのかをわかっている人はほとんどいないと思うんですね。学校でも土のことなんて教えていませんし。農業人口の話としても、士農工商の「農」が90%を超えていた江戸時代から、現在では1%台まで減っているわけですから。

 

土づくりとはどういうことなのか、農家とは何なのか、ということを知っている人がほとんどいないということが、この国の一番のリスクだと僕は思っています。そこの部分を少しでも変えていければ、ということでこれからもやっていければと思います。

 

藤井さん、ありがとうございました。皆さん拍手をお願いします。では最後に、このセッションのスポンサーでもある小橋工業の小橋社長から一言お願いします。

 

小橋

今の日本にはさまざまな問題がありますが、それは農業においても同様で、われわれはそこを解決していく企業でありたいと常に思っています。それは大企業ではなくても、われわれのような中小企業でもできるはずです。

 

ただ、そのためにはやはり新しい知識が必要で、そこはリバネスさんや、この場の皆さんに提供いただきながら、協業する形で取り組んでいければと心から思っています。小橋工業が掲げている「地球を耕す」というビジョンは、人類が抱える問題を皆さんと一緒に解決していきたいという意味ですから。

 

今日はこのセッションにお越しいただいて本当にありがとうございました。

 

皆さん拍手をお願いします。『100億人を養う地球の耕し方を考える』というテーマで、土の話、農業の話、微生物の話、人口の話と、さまざまな視点が手に入ったのではないかと思います。この場に参加いただいた皆さんのおかげで、とても良い議論になりました。本日はありがとうございました。

 


<プロフィール>

→本文に戻る

 

小橋工業株式会社 代表取締役社長

小橋正次郎(こばし・しょうじろう)氏
1982年岡山県生まれ。青山学院大学卒業。早稲田大学大学院経営管理研究科在学中。2008年小橋工業株式会社入社。2016年同社4代目代表取締役社長に就任。同社は1910年創業、国内唯一の「耕うん爪と耕うん作業機を開発するメーカー」。1964年日本初、大型トラクタ用耕うん作業機開発。1978年世界初、爪式代掻き作業機開発2006年世界初、オートあぜ塗り機ガイア開発。2007年日本初、格付投資情報センターR&Iの最高格付「aaa」を取得。2017年株式会社ユーグレナの第三者割当増資を引き受け、資本提携締結。水田造成技術を活用したミドリムシ培養設備の建設方法を確立し、耕作放棄地を用いた国産バイオジェット・ディーゼル燃料事業の実用化を目指す。

 

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 主任研究員

藤井一至(ふじい・かずみち)氏
土の研究者。1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科にて博士(農学)取得後、京都大学研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回り、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究している。第1回日本生態学会奨励賞、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。著書に2019年新書大賞12位の『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社)、『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)など。

 

株式会社ファームシップ 代表取締役

北島正裕(きたじま・まさひろ)氏
2014年、安田瑞希と株式会社ファームシップを設立。関連会社である株式会社富士山グリーンファーム、株式会社オーシャン、ディスカバリーライン株式会社、MGCファーミックス株式会社の代表者・役員を務め、グループ経営全般の他、生産技術開発、流通事業、人材育成事業を担当。全国に5個所の大規模植物工場を立ち上げ運営する実績を持つ。食品加工、創エネ・再エネ、環境関連事業と農業が一体になった産地開発に取り組むほか、静岡県「食と農が支える豊かな暮らしづくり審議会」の委員も務めている。

 

株式会社リバネス 代表取締役 グループCEO

丸幸弘(まる・ゆきひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了、博士(農学)。大学院在学中に理工系学生のみでリバネスを設立。日本初「最先端科学の出前実験教室」をビジネス化。大学・地域に眠る経営資源や技術を組み合せて新事業のタネを生み出す「知識製造業」を営み、世界の知を集めるインフラ「知識プラットフォーム」を通じて、200以上のプロジェクトを進行させる。ユーグレナなど多数のベンチャー企業の立ち上げにも携わるイノベーター。

jaJapanese