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人工海底熱水鉱床で鉱物資源を養殖する


国立研究開発法人海洋研究開発機構 海底資源研究開発センター
野崎 達生 氏

海底に眠る資源をどうにか活用できないか?これは海洋に囲まれた日本の宿願だ。これに対し、国立研究開発法人海洋開発機構(JAMSTEC)の野崎達生氏はユニークな考えを温めている。鉱床学者として地球深部探査船「ちきゅう」に乗船し、海底掘削計画を進めるなかで、高品質な鉱石を人工的に沈殿させられることに気づいた同氏は、海底鉱物資源を“養殖”するという奇抜なアイでアの実現に取り組んでいる。

人工熱水噴出孔の上のチムニー

事の起こりは、2010年「ちきゅう」によって行われた沖縄トラフでの極限環境微生物の探索活動だった。「ちきゅう」の高い海底掘削能力を活かして、海底下の地層を構成する堆積物の採取や、熱水が吹き出す付近での微生物生息限界の調査などが行われてきた。この際、いくつかの噴出孔には掘った穴が崩れないように孔壁を保護する金属製のケージングパイプが設置されたため、人工的に熱水が噴き出す人工熱水噴出孔が形成された。掘削後、JAMSTECの無人探査機(ROV)「ハイパードルフィン3000」を搭載した潜航調査において経過観察・試料採取調査を行ったところ、人工熱水噴出孔では、掘削調査後も熱水が噴出し続けていたが、噴出孔に設置したパイプの様子が明らかにおかしい。パイプは詰まって、上に鉱物が沈殿しており、チムニーと呼ばれる煙突状の鉱石が形成されていたことが判明した。パイプを設置していない裸の噴出孔(裸孔)においても、同様にチムニーの形成が観察された。

地上に持ち帰られた若い鉱体

このチムニーの記載・化学分析に挑んだのが野崎氏だ。野崎氏は、もともと鉱床学を専攻し、半減期416億年の放射性同位体であるレニウム(Re)-オスミウム(Os)法という年代測定法を用いて、陸上の鉱床を通じて数億年前の地球史上のイベントを探索してきた実績を持つ。JAMSTECでの研究を志した理由は、陸上の鉱山に比べて、海底にはできたてに近い若い鉱床があるからだという。海底で生成した鉱床がプレートとともに大陸下に沈み込み高温・高圧の変成作用を経る前にどういう状態だったのかが、これを研究することでわかるかもしれない、と期待してきた。そんな折に、掘削調査から最大でも2年足らずで生成した、できたてほやほやの鉱床が調査対象として舞い込んできた。鉱床学の視点でも強く興味をひかれ、採取したサンプルを数日かけて解析をしたところ、銅・鉛・亜鉛に富んだ、高品位のサンプルであることが明らかになった。

海水での冷却メカニズム

噴出孔の上にすっぽりと容器(セル)をかぶせて、熱水と海水が直接接触しない形で冷やすことができれば、セル内に純度の高い鉱石を沈殿させ、海水由来の不純物(硫酸塩鉱物)の混入を極力抑えていくことも可能になるだろう。なぜ、自然にできた熱水噴出孔よりも人工熱水噴出孔では急速にチムニーが生成したのか。これは「ちきゅう」の掘削によって、自然界では生成しにくい直径50cmを超える大きな熱水流路が形成され、その流路内を「ゆっくりと」熱水が上昇していくことに起因するようだ。これが、効率的な鉱物の沈澱(チムニーの急成長)に繋がっていると見られ、熱水が周囲の海水に冷やされることにより、効率的に金属元素が沈殿するという仕組みがあると考えられている。これを活用することで、鉱床を“養殖”するということが可能になる。例えば人工熱水噴出孔の上のパイプに弁をかませ、それにより流速をコントロール

することで「ゆっくり冷やす」「やや早く冷やす」といった管理が可能になれば、亜鉛や銅などの金属を選択的に沈殿させるなどといったことが可能になるかもしれない。

採取・回収方法の開発へ

鉱物資源は、例えば金鉱床の場合では1トンの鉱石から数グラムといった大規模な抽出・精製プロセスを必要としてきた。海底での選択的な高品位鉱石“養殖”が可能になれば、銅・鉛・亜鉛といった資源以外の大量の石を廃棄物として出すこともなく、回収する重量も比較的小さくて済む。日本は、世界第6位の広さの排他的経済水域(EEZ)を有しており、その中には海底熱水鉱床、マンガン団塊、マンガンクラスト、レアアース泥に分類される海底鉱物資源が分布しているとされる。この新発想の資源開発手法があれば、陸の鉱山がなくとも資源国になれる。海底資源活用の夢が、一歩一歩近づいてきている。

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