- 第8回 超異分野学会 本大会
【第8回大会ダイジェスト】自然や音との触れ合いによる「心地良い空間」の創造
2020.03.31
左から:リバネス・岡崎敬(総合進行)、関西電力・中尾総一氏(オーガナイザー)、滋賀大学准教授・大平雅子氏、
千葉大学博士課程・鎌田美希子氏、国立精神・神経医療研究センター・松本結氏
自然や音との触れ合いによる「心地良い空間」の創造
<2019年開催・第8回超異分野学会ダイジェスト>
AmazonやAppleなど海外の大手テクノロジー企業は、人間が本能的に自然を求めるという「バイオフィリア仮説」をオフィス空間の設計に応用しています。また、「音」が人間の認知機能や情動に影響を与える事例も多く知られています。こうした効果について、従来の心理テストや生理的分析だけでなく、新たに開発された計測技術などを取り入れた多角的な検証と定量評価を行うことで、自然や音と人の間にある関係性はより明確になるはずです。このセッションでは、その可能性と「心地良い空間」の創造に向けたディスカッションが行われました。
第9回超異分野学会は2020年4月23日にオンライン開催します。
「電気」という枠を超えた電力会社の挑戦。
リバネス・岡崎敬
『自然や音との触れ合いによる心地良い空間の創造』というテーマでこれからディスカッションをしていきます。関西電力さんがセッションパートナーなのですが、去年の6月にリバネス研究費・関西電力賞を募集した事が本セッションのきっかけとなります。オーガナイザーとして中尾さんに参加していただいております。それでは趣旨についてお願いいたします。
関西電力・中尾総一氏
関西電力株式会社 研究開発室 技術研究所 先進技術研究室に所属しております中尾と申します。弊社では、電気事業のさらなる発展への貢献と、電気の枠を超えた新たな価値創造を達成するための研究に取り組んでいるところです。現在、省エネ機運が一般的なものになり、再生可能エネルギーや新エネルギーなど多様化も進んできています。さらに、追い打ちをかけるように電力の全面自由化による競争の激化、少子化などの社会課題等により、今後、電力需要の大幅な伸びはあまり見込めない状況にあります。
このような状況の中で弊社としては電気の枠を超えた新たな事業領域の拡大が必須と考えています。そういった状況の中で、大本の電気事業だけではなく、通信事業や国際事業、社会課題の解決、不動産や暮らしのサポートなどにも取り組んでいます。今回はこの中で、不動産、暮らし、暮らしサポートといった分野について焦点を当てたいと思います。
私の所属する研究所では、過去に「快適性創造研究」というものを行っていました。エネルギー利用機器を使って快適な空間を創るというものです。ただメーカーには独自の考えや技術があるので、電力会社が作った制御機構が活用されることはほとんどありません。実用化が見えない中で、こういった研究自体になかなか意義を見い出せなかった時代がありました。
前の職場の話ですが、私は、かなり大きなビルのワンフロアぶち抜きの執務室で働いていました。開放感はありますが、例えば報・連・相ができないような雰囲気であるとか、あまり良い空間じゃないと感じていました。そこから研究所に異動したのですが、環境が非常に良かくなりました。近所には木々が生い茂っている広い公園があったりと環境が良く、職場では非常階段の踊り場からはうっすらと六甲山が見えたりもします。
仕事が行き詰ったときとか、息抜きのときに、今の時期はかなり寒いですが、ぼーっと眺めて、落ち着いたり、考え事をしたりしています。通勤途中の公園に、大きな鳥が1匹住み着いてるんです。3日に1度ぐらいしか見れないんですけど、見れた時はすごくテンションが上がり、その日1日仕事が出来る気がします。仕事に余裕があるときは朝一で10分から20分ぐらい休憩してから会社に行くようにしています。
自分がそういう生活・仕事環境にいる中で思うところがあり、今回皆さんに登壇をお願いしました。まず、リバネス研究費関西電力賞を選定するにあたって感銘を受けた鎌田さん。あとで詳しく説明していただきますがバイオフィリックデザインを研究しておられます。皆さんは緑を見るのは好きじゃないですか。私は好きです。次に、大平先生。ストレスの定量的評価を行う技術を持っておられます。続きまして、松本さん。いろいろと音に関する研究を行っています。職場の近くに川が流れているんですが、鳥の声が重なって聞こえるのを聞いた日は何となく仕事が進むんです。音というのも重要だなと思います。
岡崎
どうやら自然環境に近いほうが心地良い空間であるというのを中尾さん自身感じているのですが、それをどうやって創っていったらいいかなということでこのセッションは企画されております。
人が緑に癒やされる不思議。
岡崎
それでは3名に自己紹介と、研究の概要、それぞれが考える心地良い空間とは何かといったところのお話を伺いたいと思います。
千葉大学・鎌田美希子氏
千葉大学大学院園芸学研究科博士課程に在籍中の鎌田美希子です。一方で、ロッカクケイ合同会社という会社をやっています。こちらはオフィス等の空間の緑化事業や、室内緑化ツールTanicushionというものを開発したりしております。私のビジョンは植物に対して感じる心地の良さの正体を解明して、人と植物の距離を近づけていくこと。また、それによってもっと植物に満たされた心地良い空間を増やして、より良い社会を創っていくことです。
一番最初に、私が作っている室内緑化ツールTanicushionを紹介します。多肉植物の形をリアルに再現したクッションです。こちらを室内緑化ツールとして用いることで、人の視覚に働きかけて、緑化された心地良い空間を演出するプロダクトです。植物をたくさんは育てられないオフィスでも、すごく気持ちいい空間になりましたと言っていただいたりしています。この事業を通して、空間における植物の効果を研究する必要があると思い、去年から千葉大学の大学院に入り研究を始めることになりました。
皆さん自然の中に行くと癒されたりとか気持ちいいと感じる事があると思いますが、それはバイオフィリアという仮説が立てられています。1984年に提唱された考えで、人間や動物は自然界、自然を好むという性質を先天的に持つのではないかという仮説です。こういった考え方に基づいて、最近ワークスペースなどが有機的なデザインになっていたり、植物がたくさん用いられた空間で自由に働くというような風潮が出てきております。
世界中で都市化が進んでいる中で、私たちは自然から物理的に離された環境の中におります。それが起因しているんだと思うんですが、近年、ストレスや精神的な病が増加していることが社会課題です。そのためバイオフィリアに対する関心が過去10年間で著しく高まっています。研究の歴史としては、1980年代から植物の持つ人に対する効果の研究というような分野が始まりましたが、まだ新しい分野なので科学的根拠、データの蓄積が必要だと考えております。
日本においても約60%のオフィスワーカーが職場環境に不安やストレスを抱えているというデータがあるんですけれども、私達の研究室ではこういったものに対して植物でアプローチをしていくことを考えております。オフィスワーカーを対象にした研究を進めておりまして、オフィスに植物を設置させてもらった結果、生理的・心理的効果が出ているということが科学的に証明されてきております。
私は、実際の企業を対象にした研究をしたいんですが、オフィスの中に植物を置くだけではなく、休憩室やリラックスルームのような場所を緑化することで、そこを使った人たちが癒されたりだとか、ストレスが下がったり、モチベーションが上がったり、創造性がアップしたりするんじゃないかと思っていて、こういったものを実証していきたいと思っております。そのためにも企業の皆さん、分野の違う研究者の皆さんと協業して、データを取っていきたいと思っておりますので、興味がある方はお声を掛けていただけるとうれしいなと思っております。
最後に私が考える心地良い空間なんですけれども、仕事柄よく植物の仕入れに市場に行ったりするんですけれども、そこに植物を育成しているような大きな温室があるんですね。そこが実はすごく気持ちいいなって思っています。条件として何があるのかなと思うと、空が見えるんですね。建物ですけどガラス張りだったりするので、空が見えて、自然光が降り注いでいて、いろんな植物が置いてあって。植物を育てているのですごく湿度が高い。あとは香りですね、土の香りがしたりだとか。あと、心地良い空間を考える中で、ただ自然に放り込まれてもそんなに気持ち良くないんじゃないかなと思っています。人工の温室っていうのは安全も確保されているのでいいのかなと考えています。
「心地良さ」は測定可能なのか。
岡崎
続いて、滋賀大学の大平先生お願いいたします。
滋賀大学・大平雅子氏
経歴が少し変わってまして、学部は農学部を出ました。遺伝子の研究をずっとしていたのですが、もう少し健康に近い事がしたいと思い、修士から医学部へ進学して予防環境医学という公衆衛生に近い分野で学位を取りました。ただ、理想的な生活習慣を一般の人に伝えているつもりだけども、全然健康な人が増えていかないなっという、ちょっと矛盾した思いがありました。そういった中で、みんなを健康にできるツールが無い事に気が付き、ポスドクのときに工学部に行って、自分でそういうツールを開発しました。それから今はちょっと縁があって教育学部にいます。
心地良い空間ということでお話をさせていただくと、私すごく面倒くさがりで、健康な生活が大事なのは分かっているんですが、努力をしたくないし、しんどい思いもしたくありません。なので、研究のポリシーでもありますが、何にもしないで、ただいるだけで健康になるような、そういう空間を作りたいっていう思いがすごくあります。こういう空間だったら、きっとみんな努力だとかなんかそういうことを考えずに続けられるんじゃないかなっていう思いで研究を進めています。
研究内容は、環境を変えることによって人にどういう影響が出るのか調べているんですが、まずはやっぱり指標が必要なんですね。生理指標を測定するような人達っていうのは、だいたいの人が心拍や脳の専門家でそれぞれに特化して研究しています。ですが、私はその事に矛盾を感じています。心臓や脳の動きだけでは、その状態はわからないからです。
私自身は色んな学部を経由してきたこともあって、一人で脳も見るし、心拍も見るし、呼吸も見るし、それから、ホルモンも調べています。例えば、睡眠に関してですと、脳波や、心拍、眼球運動などで睡眠の質を評価するっていうようなことが一番メジャーな方法なんですが、ホルモンは調べられていませんでした。寝てる間ずっと血液取る必要があり難しいからです。それ以外には唾液を取るという方法があるわけですが、寝ている間に唾液を取り続ける装置はありませんでした。
そこで、工学部にいるときに、実際作ってみたんです。そうするとやっぱり環境によって脳波には出ないような違いも見える事が分かってきました。こうやってたくさんの指標を取り統合的に解析をする事でいろいろな発見があると感じています。
それからもう一つ、昨年から始めたことで、長期的な環境の変化の影響についても調べています。一晩だけでとか1日だけで、香りや音による効果を得るための研究もいっぱいしてきたんですが、やっぱりうまくいかないこともある。そういった中でもっと長期的なスパンで研究してみたのが、保育園での事例です。2、3、4週で香りによる介入試験、睡眠の改善が見られたのは3週目からでした。
課題が多い研究なので断言はできませんが、1日、1週間でやめてしまっていたら「睡眠は改善しない、効果がない」で終わってしまっていたわけです。そういう意味でも長期的に見ていくことも大事じゃないかなと考えており、今目をつけているのが、毛髪や爪といった検体から指標の測定を行う技術開発です。
私に関してはこのセッションではこの評価という部分でお話が何かできるかなと思っています。よろしくお願いいたします。
豊かな音環境は人の行動を変える。
岡崎
最後に国立精神・神経医療研究センターの松本さん、お願いします。
国立精神・神経医療研究センター・松本結氏
私が所属しているのは精神疾患や筋疾患などの原因や、治療法の開発をしている研究所です。私自身は人の研究というよりは、モデル動物であるマウスを使った研究を行なっています。なぜこんな研究を行なっているか子ども時代を振り返ると、大変妄想が好きな子どもだったんですけれど、至る所で妄想をしてまして、そうすると人の話が全然聞けないんですよね。
人とのコミュニケーションが全然取れなくって、なぜ私にはできないんだろうという疑問を持つようになりました。そして同時に、音にもちょっと興味があったので、この二つをテーマに大学院で研究を行ないました。そして、現在は環境が行動に及ぼす影響について調べています。
環境と一言に言っても、目に見えるものから耳で聞くもの、温度や匂いなど、本当に様々です。これらは周りにあって私たちはみんな同じ様に感じているんですが、実際のところ、この知覚したり、認知するシステムっていうのは結構複雑で、周りの環境が私たちの知覚や認知に影響し、さらに行動にも影響していることがわかっています。
例えばワインショップのBGMを替えた場合、お客さんの購入金額に変化はあるかという研究で、はやりの音楽を流している場合は、2ドルしか買わないのに対して、クラシック音楽を流していると、みんなちょっといいお酒が飲みたくなるということが分かっています。つまり私たちの行動というのは、自分の意思で決定しているように感じますが、実はこの周りの環境の影響というものを大きく受けているわけです。
私たちが住んでいる環境が適したものなのかというと、実際そうでもないことがあります。私たちが住むのは人工環境なんですけれど、もともと住んでいたのは自然環境ですよね。この2つの環境は見た目や音などいろんな違いがあります。その中の一つとして周波数の特徴が挙げられます。
人工環境では周波数成分が貧しいのに対して、自然環境では大変豊かです。この周波数成分が貧しい環境っていうものは、私たちの心身のストレスや、精神や行動の異常、あとは発達障害などにつながると考えられています。そこで、私たちの研究部では、この貧しい環境を豊かな環境に戻す試みを行なっています。そうすることができればおそらく快適さや健康レベルを向上させることができるんじゃないかと考えているわけです。
私たちの研究室では、より豊かな周波数成分を持ったジャングルの音とかを人に聞かせているわけですけれど、そうすると、脳の活動に変化が見られたり、リラックス効果があったり、ストレスが下がったりなど、これハイパーソニック・エフェクトとよばれているんですけれど、本当にいろんないい効果が出てきます。これがなんで起こるのかは分かっていません。
ですので、私の研究では、このメカニズムを探るために実験動物のマウスを使って研究を行なってます。おそらく快適な環境というのは動物、人含めて共通する部分があり、私は生物にとってより快適な環境というものを探っていく研究を行なっています。
最後に私の思う心地いい空間ですが、私が妄想がとても好きなので、妄想が大変はかどる環境であって、かつそれをいろんな人とディスカッションして、それをブラッシュアップして、具体的によりいいものを作っていけるような空間だといいと思っています。
岡崎
環境に応じて知覚が変わるんですね。ちなみに、クラシック音楽は豊かな音を持っているんですね。
松本
クラシック音楽の場合は楽器数も違いますし、使われてる帯域の音の周波数成分も違います。その辺のいろんな複雑さっていうのが効いてるんではないかと思われます。
岡崎
ありがとうございます。心地良い空間っていうのはなかなか捉えどころのないテーマとは思うんですが、多面的に捉えていくことでいろいろ見えてきそうだなという雰囲気を感じています。まさに超異分野向きなテーマかなということで、ディスカッションのほうに入っていきます。
自然環境にあって、人工環境にないもの。
中尾
まず、冒頭お話しましたけれども、私は緑が大好きです。私にとって心地良い空間というのは、緑、空が見えるよう所です。しかも冬が好きなんです。凛と気が引き締まるような。だから松本さんのお話を聞いたときにすごく衝撃を受けたんです。人工環境になった現代において、その環境自体が原因でストレス社会と言われている可能性もあるのかと思います。
ただ、自然は大好きですけど、確かにジャングルみたいな自然の中では生活できないと思うんです。今の世の中にある利便性を無くしてまで、そういう自然を求めるっていうのは行き過ぎかなと思うんです。つまりは人工的なものと自然との中間にベストなポジションがあるんじゃないかなと。さらに言うと、昔自然が多かった所から人工的な物が増えてきた中で、何か無くなっているものがあるんじゃないかなと思ってます。そういった視点で議論できればと思います。
岡崎
その失われたものとは何でしょうか。バイオフィリア的にはどうなんですかね。
鎌田
バイオフィリックデザインというものがバイオフィリアの概念から次に発展してきたものとしてあるんですけれども、いくつか要素があるんですね。直線よりも曲線とか、単純化よりも複雑化みたいな。例えば皆さん、森の中とか林の中に行ったときに、いろんなかたちの物がありますよね。植物一つ取ってみても、葉っぱの形ってさまざまあるし、それが規則的に並んでるわけではなくって重なっていたり、いろんな物がごちゃごちゃ混ざっていて。
私たちは進化の過程で、太古の昔はそういった物に注意を向けていて、それによって植物とか自然への愛着っていうのものを育んでいたらしいんですけど、今の都市ってすごく効率化されていて、全部が四角いじゃないですか。それが一番効率がいいからそういうふうに作っていると思うんですけれども、実はそこが大きく違っている。有機的な物から無機的な形になってしまっているのかなと思います。
大平
私は今まで研究で空間というものを捉えたことがなかったんです。朝になったら明るくなって、夜になったら暗くなるっていうような、そういう自然のリズムみたいなものは失われてきてるのかなっていう気はします。その点では温度もそうですね。本来であれば夏は暑くて冬は寒いんですが、適温にしすぎているために、人間が生活していくにあたって不具合が出てきてるかもしれません。睡眠を研究していると光では特にそういう傾向があるのかなと私自身は感じてます。
松本
基本的な考えはお二人と一緒です。この会議室もそうですけど、ほとんど直線的ですよね。自然と比べると明らかに情報量が少ないわけです。この情報量が少ない直線的な状態ってすごく予測しやすいので楽ではあるんですけれど、逆に新しい複雑なものとか、刺激が来た場合に、それに過剰に応答してしまったりするわけですね。
人工環境は人の知覚とか認知に合わせて作られています。でも実際自然とかに含まれてるものには、私たちが知覚できないものだったり、あまり意識できないものも多く含まれていますので、そういった部分の影響というのをもうちょっと検討するべきだと思います。
人工的な環境の中で、人は何を失ったのか。
中尾
環境は、心理・生理・行動面に影響を及ぼすと考えています。人工環境に移行する中で、無くしたものというか、人が機械化されてきたように感じています。職場で常に思うことなのですけれども、人が機械のように動いてて感情があまり無い、要は感情をそぎ落としてる気がするんです。ストレスを感じないようにするために、感情を表に出さないで機械のように働くみたいな。私は環境が感情にすごく影響を及ぼすのかなと思っています。
例えば電車の中でリュックサックがぽんって当たった。それだけで凄くイライラして、「もうお前なんやねん・・・」って怒鳴りたくなるような気分になったことってないですか。そういうものを抑えるためにも朝公園行ってちょっと落ち着こうかなというのもあるんです。そういったこともあって、人工環境は感情の起伏にすごく影響を及ぼすんじゃないかなっていう風に感じています。というところで、人工や自然環境が人にどんな影響を与えるか質問したいのですけど、鎌田さんからお願いできますか。
鎌田
私はもともと東北のすごい田舎で植物に囲まれて育ちました。東京に住み始めたときに、満員電車にも乗りましたし、オフィスの中でずっと働くっていうことも経験してたんですけど、元気が無くなりました。私も満員電車に乗ると自分の余裕がなくなって、疲れちゃうので、人に席を譲ることもできなかったり。でも、休日に山に登ろうとかってなると、別に誰に頼まれてもないのにすごい険しい山も登っちゃうみたいな元気が出たりします。環境と元気は関係があるような気がしています。
大平
人工環境になってきた中で生活リズムがだんだん消えてきてるかなって思います。例えば、私今教育学部にいるので子どもの研究をしますが、不登校の原因の第2位に生活リズムの乱れが挙がってくるんです。皆さま、ちょっと経験ないですか。私もう寝ないと途端に機嫌悪くなるんです。もう学生にも、「先生、今日は機嫌悪い」ってよく言われるんです。生活リズムの乱れが感情や行動の変化を起こす事で社会問題にもつながってきているのかなと思います。
松本
音環境を豊かにすると変わってくる効果について少しお話しします。まず、免疫系にも結構効いてきますし、何人かお話されてるストレスホルモンとかそういったホルモン状態にも関わってきます。さらには、さっきの実験に関してですけれど、音がよく聞こえたり、音と一緒に提示していた映像がきれいに見えるというような効果もある事が分かってます。私たちの状態とか健康におそらく関わっていて、かつ何かしらの刺激に対する評価、相手の一言だったり、そういうものの捉え方にも結構影響してくるんじゃないかと思います。
中尾
会場の皆さんはいかがでしょうか。人工環境に移行する中で人は何をなくしてきたのでしょうか。
聴衆A
あまりにもストレスがない快適すぎる空間だと、逆にストレスに弱くなってしまう、そういう耐性みたいなものがなくしたものなのではと考えています。
聴衆B
私も同じようなことを考えてます。あと、とはいえ、ストレス因子を無くして、自然の代わりになるものをつくって、癒しの空間にしても、一時的には気持ちがいいかもしれないけど、本当にそれで癒しになるんでしょうか。
中尾
ストレスって一言で言ってしまったんですけど、ストレスにもいい面と悪い面があると思うんです。例えば自分の夢、目標、こういったものはプレッシャーに感じるのでストレスです。でも、それを持ってないと前に進めないですよね。なのでストレスを無くすのではじゃなくて、うまく付き合えるとか、向き合えるとか、そういうようなことができるのがやっぱいいのかなと思ってます。
聴衆C
ちょっと前にドイツに行ったときに、エリート教育を受けている子どもたちが、自然の中で遊んでいるのを見ました。遠くで親とか先生が子どもを見てると思うんですけど、危ない場面でもすぐに手を出さないでおく。イバラで手を切るとかいろんなことも起きるんですけど、子どもたちには、自分でそのトラブルを解決しようという意欲が出てくる。
そうやって訓練された子たちっていうのは、実証実験もされているそうなのですが、将来の伸び率が非常に高いと。それはチャレンジング精神というのか、ちょっと問題があっても克服するというような脳の構造になるみたいです。ですので、やっぱり小さいときにミミズとか、ヘビとか、そういったのも見ながら、やっぱり様々なものへのインタラクションを持って育ってくっていうことは非常に重要かなと。
中尾
貴重な意見ありがとうございます。コミュニケーションを取るための空間ではなくて、空間がその助けになればいいなと思います。私もコミュニケーションすごく大事だと思います。人と付き合わないっていうのは自分自身だけで見たら楽なのですけど、いろんなことを考えると人と話して進めたほうが早いことも結構多いかなと私も思います。
ただ植物を置くよりも、自分で世話をしたほうがストレスが下がる。
松本
今まで挙がった質問いくつかまとめて私の考えを述べさせてもらいたいんですけれど、先ほど中尾さんもおっしゃったように、ストレスは別に悪いものってわけじゃないです。何かしら刺激は全てストレッサーであって、重要なのは、それが過度に行き過ぎないことと少なくなり過ぎないこと。なので、適度なものっていうのが一番重要だと思います。特に自然、植物を置いたりとか、そういった複雑なものを増やすっていうのは、ある程度適度な環境にするという面でいいと思います。
ストレスが少ない環境だと、さっき言ったように、新しい刺激に対してとても過剰に反応してしまうこともあります。そういうストレス因子に対していくつか対面することで、それとの付き合い方とかさっき言った克服の仕方っていうのを学んでいって、これを次の新しい刺激が来た際の対応として応用するっていう点が大事だと思います。
鎌田
植物を空間に置くといいですよっていう風潮はもうすでにあるんですが、うちの研究室で出たデータで、ただ植物を置くだけよりも、自分で選んで、それを自分でお世話をしたほうがストレスがより下がったり、また、愛着が増すことで、仕事への活力が湧いたりとか、そういうデータが出ています。植物と触れ合うような仕組みをその空間に持たせるといいんじゃないのかなっていうのはすごく考えてます。
大平
確かストレスを完全になくす研究っていうのが過去に心理学系の研究でやられていて、もう今では、たぶん倫理的に駄目ですけど、音、光とか、そういう環境刺激を全部遮断したんですが、確か数日で皆さんリタイアというかちょっと発狂をしてしまうというデータが出ていたと思います。そういったことで言うと、やっぱり刺激っていうものがいろんな意味ですごく人間が生きていくのに大事なものなのかなと思います。
中尾
大平先生の話を聞きながら考えていたのですが、こういった人間の環境応答のデータを調べていくときに、1つのデータの動きを見たほうがいいのか、それとも長期的なスパンで、複数のデータの相関をみていくのがいいのか、どうなんでしょうか。環境の変化で瞬時に応答が変わるものもあったりするのでしょうか。
大平
そうですね。私自身としては相関があればいいかと言われると、実はそうでもないのかなとも思っています。たくさん指標を取っていくと、一つだけなんか例えば違う動きをするとか、相関しないものが見つかったりとかすることがあるんですね。そういうところに、実は隠れた意味がある場合もあるのかなと思うので、相関していないものが必ずしも意味がないと決めつけてはいけないんじゃないかなと、全体のデータを見ていく中で思ったりすることもあります。それこそかなりたくさんのデータを扱えるようになってきた今の時代だからこそ、切り捨てられてきたデータをしっかり見ていくことが実際は大事なんじゃないかなって思ってます。
岡崎
元気がなくなるって測れますか。元気ってどんなときですかね。
大平
元気を何と捉えるかによりますよね。
岡崎
ですよね。やっぱり難しいですよね。生活のリズムもどういうリズムだったらいいっていうのもなかなかないですよね。
大平
でも、リズムは活動量計がかなり小さくなったりとかもしてるので、ある程度取れる気はしますけど。正解が無い気がします。
岡崎
データは取れるけどどう解釈したらいいかっていうのはありますよね。免疫系はそれこそ何の免疫取るのみたいなところもあるかと思うんですけど、何を測るか。ホルモンも同じですよね。この辺は血を取んなきゃ駄目ですかね。
大平
血。何を見たいかにもよりますけど、必ずしも血液じゃなくてもいい場合もあるとは思います。唾液でもいいかもしれないですし、尿とか、それこそ長期的なものだと毛髪とか爪なんかでも見れるものもあると思います。
岡崎
あと、認知力っていう話もあったんですけど、測れるんですか。
大平
認知はいくつかたぶんありますね。はい。ただ、認知ってすごく大括りで、認知機能の中にも細かいものがあるので、その辺の細分化したものがそういったもうすでにあるような測定方法とマッチすれば測れるかもしれません。
岡崎
なるほど。ちょっと次最後にしたいと思うんですけど、これは松本さんおっしゃってたやつですね。ポジティブになるという反応、ものがきれいに見えたりとか、何か受け止めるときに好意的に反応するところあったかと思うんですけど、それも測れる指標は何かありますか。
松本
はい。例えば質問紙などで、映像が音なしの場合と音ありの場合とでどっちがきれいに見えますかとか、どれぐらいきれいに見えましたかっていう点数をつけてもらう評価はできると思います。
岡崎
ありがとうございました。評価しようとすれば指標として使っていけそうなものが挙がったのかなと思います。それ以外に反応していないものも見ていかなきゃいけないっていうのは、総合的に人を捉えなきゃいけないっていうことですね。取れるだけいろいろデータを取ろうっていう話に結果なってしまうのかもしれないですけども、そういった研究を、これからできたらいいのかなと個人的には思います。
人類が「心地良い空間」を手に入れた未来。
岡崎
もう一つだけお聞きしたいことがありまして、現代は自然環境から人工環境へ行き過ぎたことでストレスになっていて、その寄り戻しで少し自然に寄りそうな雰囲気があります。でも、たぶんこういうふうに揺らぎながら、時代に合わせてそういった動きが生まれるのかなと思います。心地良い空間を自分たちで創造、コントロールできるようになった先にどんな社会が産まれると思うか、一言ずつお考えをお聞かせいただけますか。
中尾
私思うんですけど、すぐにイラっとするとかさっき言いましたけど、こういう空間で人間力ってすごく磨かれるっていうか、何て言えば良いのか、人と接するときに人に対して優しくなれるんじゃないかなって思うんですよ。だから、コミュニケーションとかも取りやすくなったりとか、要は自分のことを考える余裕ができて人のことも考える余裕ができて、人のことを考えられるような優しい社会っていうのが開けてくるんじゃないかなというふうに考えています。
鎌田
すごく難しいんですけど、理想の状態になったとしたら、もっとその人自身のリズムだったりとか、感情だったりとか、なんかどうしても今日は気分が乗らないななんて日は会社なんて行かなくていいしとか、それが許容されるような社会になってくるのかなって思います。一人一人にもっと向き合ったいい社会っていうものがあるのかな。
大平
私ももっと自分が自分らしくというか、自由に生きられるような社会になるのかなというか、そういう社会を創りたいという思いはあります。でも、ちょっとネガティブなことを言うと、そんな世界を創って、逆にまたそこで新たに生まれる問題とかもあるのかなとか。個人的に、研究者としてはそう思っています。
松本
だいたい皆さんと考えは同じなんですけれど、私はどちらかというと創造性というものが大事だと思っています。今のすごく単純化された社会っていうのは、何度も出てますけど、効率化されて比較的単純な作業をより効率化するための適切な環境として作られてきたと思うんです。ですけれど、たぶんそういった単純な作業はこれからロボットのほうに取られてしまいますし、われわれ人間がどういった部分でまだAIに勝てるかというと、「自由な創造性」という部分をもうちょっと伸ばしていくべきじゃないかと思っています。
私が考える心地良い環境は、そういった人の持つ創造性のようなものをより向上させて、みんな自分らしくとか、自分の考えというものをじっくりと考えることができる環境です。そういった環境を創ることができれば、いや、むしろもうロボット化とか、AIも進んできているので、そういった環境にしていかなければいけないんじゃないかと思っております。
岡崎
ありがとうございます。自由に空間をコントロールできるようになったとして、もしかすると快適すぎて何も考えない人を生み出す可能性もありますよね。今はちょっと殺伐としていて逆に創造的な発想ができない。そこから寄り戻されて、今度は快適で創造的な空間に向かっていった結果、今度は逆にまた何も考えない人間が生まれる世界なのかもしれない。そこはどこかに落ち着くところあると思うんですけど、その時代その時代やっぱり求められる空間があるのかなといったところが感じるところです。ありがとうございます。最後はオーガナイザーの中尾さんにまとめていただければと思います。
中尾
空間っていうのは人を作るものではなく、あくまでもその人の考えを助けるためのものかなと考えています。助けが無ければそれでもいいんですが、あることで人の活動が進んでいくのであれば、そういった空間を目指す意義があると考えております。ということで、心地いい空間に関する研究を関西電力で進めていきたいと考えております。いろんな人たちがこういったことに興味を持って、一緒になって研究することで分野として進んでいくと思いますので、興味がある方はぜひお声がけください。それでは、以上となります。本日はどうもありがとうございました。
千葉大学大学院園芸学研究科 博士課程
鎌田美希子(かまだ・みきこ)氏
北海道大学大学院農学研究科を修了。専攻は分子植物育種学。大学院修了後、野菜種子メーカーにて企画開発に携わったのち、インドアグリーンや装飾を学びプランツディレクターとして独立。2015年ロッカクケイLLC.を立ち上げ、室内緑化ツールTanicushion®️等のプロダクト開発をおこない空間緑化事業に従事。現在は大学院博士課程にて「人間と植物の関係性」について研究中。
滋賀大学 教育学部 准教授
大平雅子(おおひら・まさこ)氏
2011年大阪大学大学院医学系研究科博士後期課程修了。同年長岡技術科学大学産学融合トップランナー養成センター産学官連携研究員。同年滋賀大学教育学部講師。2015年同大学教育学部准教授。大学院在学中から一貫して唾液中のホルモン等によるストレス評価研究に従事、近年は体組織液・爪・毛髪由来の生化学物質による心的ストレス評価など、唾液を用いないストレス評価の方法論の研究開発にも従事している。博士(医学)。
国立精神・神経医療研究センター
松本結(まつもと・ゆい)氏
東京大学大学院総合文化研究科博士課程を単位取得退学後、学位取得(博士(学術))。現在は国立精神・神経医療研究センター神経研究所研究員として、音に関する研究に従事。げっ歯類の音声コミュニケーションなどの社会行動の機構や、音響環境が生物に与える影響について研究を進めている。
関西電力株式会社 研究開発室 技術研究所 先進技術研究室[現 基盤技術研究室(研究支援)]
中尾総一(なかお・のぶいち)
大阪府立工業高等専門学校 工業化学科卒業後、平成7年関西電力株式会社入社。火力発電所プラントの保守管理(主に、燃料・水質・排ガス・排水の管理)に従事、平成12年同社総合技術研究所(現:技術研究所)へ異動、エコキュート・PEFC等エネルギー利用機器の評価研究に従事した後、研究計画・企画などを担当。現在は、新規事業スタートアップに向けての企画等に従事。
株式会社リバネス 人材開発事業部部長
岡崎敬(おかざき・たかし)
博士(理学)。大阪大学大学院卒。産業技術総合研究所特別研究員を経てリバネス入社。大学、大手繊維メーカー、国研での多様な研究経験の他、地方自治体外郭団体において科学技術振興企画業務に従事。主に地域でのシーズ発掘、人材育成、地域アクセラレーションの業務に取り組む。2018年5月より現職。