- 第9回 超異分野学会 本大会
[第9回本大会登壇者インタビュー記事] 山形大学古川英光教授「材料、機械、情報の掛け算でものづくりを変える」
2020.01.08[第9回超異分野学会本大会基調講演登壇者山形大学古川英光教授インタビュー(研究応援vol.16より)]
古川英光先生は第9回超異分野学会本大会(2020年3月6日、7日開催)の初日の基調講演で登壇されます。
材料、機械、情報の掛け算でものづくりを変える
工学分野で3Dプリンタが当たり前のように使われるようになっているが、技術が流行する前に山形大学の古川英光氏はソフトマターの研究を通してその本質的な価値に気づいた。3Dプリンタによるデジタル化でソフトマター研究は大きく変わり始めている。
高強度ゲル黎明期の体験
古川氏が大学院の博士課程に在籍していた1990年代後半、ゲルに代表される軟らかい高分子材料であるソフトマターの研究は過渡期を迎えていた。機能としての可能性はあるものの、特徴である軟らかさゆえに、破断応力に弱いという材料としての弱点を克服できず、応用の範囲が限られていたのだ。しかし、奥村泰志氏と伊藤耕三氏が2001年に発表した環状分子で高分子鎖どうしを束ねた環動ゲルの論文を皮切りに、日本から次々と高強度ゲルの研究成果の報告が続き、ソフトマターの可能性を広がり始めた。
この頃、大学院を修了し研究者の道を歩み出した古川氏はダブルネットワークゲルによって高強度ゲルの開発に成功した北海道大学の長田義仁氏と龔 剣萍(ぐん ちぇんぴん)氏の研究グループに所属していた。ダブルネットワークゲルは、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸のゲルを形成させ、そこにアクリルアミド溶液を染み込ませてからアクリルアミドを重合させるという2段階の反応を経て作られる。2種類のゲルが絡み合った状態になっているこのゲルは、含水率が90%と従来のゲル(90-95%)に近い機能を持ちながら、破断応力が10-40MPaと従来のゲルの0.1-1MPaをはるかに凌ぐ強度を誇る。この強さが生じるメカニズムの解明に従事するなかで、古川氏はその応用に走り回った。
最強の材料に立ちはだかる壁
今でもそうだが、一般的にゲルの成形は型を作ってそれに流し込んで行われる。これがダブルネットワークゲルの応用を苦しめることになる。2段階目の反応の処理中や、出来上がったものを溶媒で膨潤させるプロセスで変形が起こり、欲しい厚みや形を持ったものがなかなか作れなかったのだ。ゲルであるがゆえに削ることも難しい。「企業や大学にゲルを作っては送ることを繰り返していました。リストで100件は送っていたんじゃないかと思います。しかも、型を自分で作っていたので、とにかく大変でした」と古川氏は当時を振り返る。この造形の大変さが後に古川氏にブレースルーをもたらすことになる。突破口を見出せない中、アプローチの仕方を変えようと決意した古川氏は、所属していた北海道大学から山形大学機械システム工学科に拠点を移すことになる。
異分野に飛び込んで見えてきた新たな加工のアプローチ
それまで高分子の世界を歩んできた古川氏にとって、山形大学での初期の経験は初めてのものばかりだった。中でも古川氏に大きな転機を与えたのがCNC工作機械だ。PCで制御しながら、加工対象物をXY軸方向に切削の刃をZ軸方向に動かし、みるみるうちにCADで描いた通りに削られていく様子を目の当たりにした。ここから、CNC工作機械の刃の部分を紫外線ランプに替え、紫外線照射によってゲルを硬化させるという方法を取ればゲルで造形ができるはずと思いついた。時期的には2009年の秋の頃、世界的に3Dプリンターが注目されるようになる3年ほど前で、古川氏はウェブを通じて同じコンセプトのものが存在すること初めて知る。「CADで描いたものを自由に作れる。型が必要ない。こういった3Dプリンタの特徴に書かれているものは誰でも思いつくものですが、自分もいろんなことを思いつくようになりました」。3Dゲルプリンターと名付けたゲルの造形装置を駆使することで、理論研究からではアプローチできなかった新しい利用方法が次々と思い浮かんでいくことになる。
材料研究が進化する
「材料開発研究に振り切ると、こだわりが強くて抜け出せないが、ものづくりに振ることで、色々と考えられるようになる。一方でものづくりに寄りすぎると、材料に目が向かなくなる」。古川氏のこの言葉は、理学部で理論ベースの研究をやり、工学部で課題ベースの研究をやったことのある本人だからこそ到達できる視点だろう。研ぎ澄まされた深掘りだけでなく、使いやすさに材料研究がシフトし始めていると古川氏は最近の変化を見ている。
特に新しい技術のライフタイムが短くなってきている現代において、長年かけてきた材料研究が数ヶ月しか持たないということでは立ち行かない。どう理論と実装を橋渡しするかがより重要になってきており、その観点において3Dゲルプリンターで材料を使える形へと落とし込んでいこうとする古川氏が果たす役割は大きい。「ある程度プリンタ側に材料研究が寄り添わないとまだ造形ができない。色々な課題が山積していますが、楽しいことばかり。大変な時期です」と、古川氏は笑いながら現状を語る。大学、企業が参加する“やわらか3D共創コンソーシアム”を立ち上げ、早期の社会実装を目指した研究をさらに加速させている。誰もがソフトマターの活用を考えられるプラットフォームが広がることで、これまでの常識から飛び出した新たなものづくりが日本から生まれてくることだろう。
<研究応援vol.16 特集「理論から実戦へ、動き出すソフトマター」より>
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古川英光先生の関連セッション
・3月6日 9:20-9:50 基調講演@メインホール
・3月6日 17:00-18:00 やわらかさでエンジニアリングが変わる@セッションルームA