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研究者の「仮説」こそ知識の源流(後編)

2019.12.21

第8回超異分野学会本大会セッションレポート
知識の源流を探る~分野の壁を超えることは価値ある着想を生み出しうるのか~【PART2】
セッションパートナー:株式会社フォーカスシステムズ

<登壇者>
京都大学霊長類研究所 ゲノム細胞研究部門 ゲノム進化分野 助教
今村 公紀(いまむら まさのり) 氏
富山県高岡市出身。博士(医学)。金沢大学理学部、奈良先端科学技術大学院大学、京都大学大学院医学研究科、三菱化学生命科学研究所にて学生時代を過ごした後、滋賀医科大学 特任助教、慶應義塾大学医学部 特任助教、理化学研究所 客員研究員を経て、2013年より現職。幹細胞の視点からヒト進化や生後発育の研究に取り組んでいる。リバネス研究費として、ライフテクノロジーズジャパン賞(第18回)、オンチップ・バイオテクノロジーズ賞(第24回)、SCREENホールディングス賞(第29回)、L-RAD賞(第36回)を受賞。
【研究室website】http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/sections/molecular_biology/member/imamura.html

滋賀大学 教育学部 准教授 / 株式会社イブケア 取締役
大平雅子(おおひら まさこ) 氏
2011年大阪大学大学院医学系研究科博士後期課程修了。同年長岡技術科学大学産学融合トップランナー養成センター産学官連携研究員。同年滋賀大学教育学部講師。2015年同大学教育学部准教授。大学院在学中から一貫して唾液中のホルモン等によるストレス評価研究に従事。近年は体組織液・爪・毛髪由来の生化学物質による心的ストレス評価など、唾液を用いないストレス評価の方法論の研究開発にも従事している。博士(医学)。

大阪大学医学系研究科 組織・細胞設計学共同研究講座 特任准教授
株式会社マイオリッジ 技術顧問
南 一成(みなみ いつなり) 氏
2003年3月京都大学理学部生物科学専攻生物物理学教室神経生理学講座 博士課程修了(理学博士)。新規化合物を用いて低コストで安定な細胞分化培養液と細胞培養法を開発し、iPS細胞から高品質の心筋細胞を大量生産して安定供給する研究開発を行っている。この新規培養技術を用いて、より高次の細胞組織を実用化するための基盤作りを目指す。2016年にiPS細胞由来の心筋細胞の大量培養を目指すバイオベンチャー、株式会社マイオリッジ技術顧問に就任。2017年より大阪大学医学研究科 組織・細胞設計学共同研究講座 特任准教授。

<モデレーター>
株式会社リバネス 代表取締役社長COO
髙橋 修一郎 (たかはし しゅういちろう)
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、博士(生命科学)。設立時からリバネスに参画。大学院修了後は東京大学教員として研究活動を続ける一方でリバネスの研究所を立ち上げ、研究開発事業の基盤を構築。独自の研究助成「リバネス研究費」や未活用研究アイデアのデータベース「L-RAD」のビジネスモデルを考案し、産業界・アカデミア・教育界を巻き込んだオープンイノベーション・プロジェクトを数多く仕掛ける。



研究者の「仮説」こそ知識の源流(後編)

大平)
私は農学部でショウジョウバエを使って遺伝子の研究をしてました。もっと人に近いことがしたい思うようになり、医学部へ進学しドクターまでずっと過ごしてきました。公衆衛生に近い分野にいたのですが「こういうふうな生活習慣をしたら健康になるよ」という情報で世の中溢れているにも関わらず、全然健康な人が増えないのはなぜかと思うようになりました。「自分で何か人を健康にするものをつくりたい」と考え、ポスドク先は工学部を選びました。でもその後教育学部に行くわけです。この問題に対して「伝えることの重要性」を感じたからです。誰に伝えるのが大事かというと、やっぱり病気になってくる高齢者より、子どもたちだと考えました。でも私は教員免許も持っていません。ですので、これから先生になる学生たちに健康に関する重要性を伝えることで、彼らがさらに多くの次世代に広げていけるのではと思いました。

私の専門は応用健康科学だと名乗っていますが、バックグラウンドがかなり多様なので、生物学、医学、心理、工学、教育といったような分野を統合し、一つの専門をつくりたいと考えています。

研究の課題設定をする上でいつも心掛けていることがあります。それは、できるだけ他人と違う切り口や方法論を使うことです。これを説明するために、研究を穴掘りに例えてみます。みんなが宝を目指して穴を掘っています。できるだけ早く宝にたどり着くためは違う穴を違う道具で掘る必要があります。ここでいう「違う穴」というのは「切り口の新しさ」、「違う道具」というのが「方法論の新しさ」なのです。その考え方で行ったのが睡眠の質についての研究です。最近、睡眠の質を簡単に測定できるデバイスの開発に多くの企業や研究者が挑戦していますが、なかなかうまくいっていません。そこで私は睡眠そのものをちゃんと評価できる指標を確立したいと考えるようになりました。実際には、寝てる間中、だ液を採取し続けられるような機器をつくったんです。その結果、起きた直後に分泌される物質が見つかりました。この物質を測定することで睡眠の質が簡単に、しかも年齢に関わらず調べることができそうなのです。多様なバックグラウンドを活かし、他人と違う事ができることは強みですが、「やりたいことがよく分からないよ」とか、「専門性がないんじゃない」とか、「色々やりすぎ」とか、様々なご意見も受けてきました。ただ、私自身としては一貫した世界観があります。それは「努力をしないで健康になれる」そういう世界をつくりたいということです。

 現在は二つの軸で取り組んでます。1つ目は周囲の環境で健康を誘導する、つまり何もしないで健康になる空間をつくることです。そのためにいろんな環境要素が人に与える影響を調べているのですが、そもそもその人の状態を正確に評価できなかったら意味がないんですね。そういう意味で唾液で睡眠を評価するとか、新しい手法で人間の状態を評価できるような方法、つまり評価の指標そのものの研究開発にかなり力を入れています。

 もう一つは、教育学部に来たモチベーションにもつながるんですが、伝え方の開発です。この分野については私は本当に素人で全然方法が分からなくて、いろんな学会にいったり、ちょっと面白そうなことやってる先生に突然連絡して、話を聞かせてもらいにいったりなどしていましたが、ピンとくる方法が見つかっていませんでした。でも実はこの2日間、超異分野学会に参加をしていて、いいんじゃないかという方法が見つかったので、参加してすごく良かったなって思ってます。

 最後になりますが、こういった研究を行う上では、長期的に本当に人が変わっているのかを調べる必要があります。そのために髪の毛や爪などを使って効果を評価できる指標をつくりたいと研究を進めてきました。そんな中でそれを会社化したら研究が加速するんじゃないかとリバネスさんからアドバイスを頂きまして、2カ月前に、滋賀大学で初のベンチャー「株式会社イブケア」を立ち上げました。この方法を社会実装したいという思いもあるんですが、結局は「何もしないで健康になる世界」をつくる上で必要な個々の研究を加速させることが目的でこのような活動も行っています。よろしくお願いします。

高橋)
今村さんお願いします。

今村)
京都大学霊長類研究所の今村と申します。皆さん、この施設に対し賢いチンパンジーのアイちゃんだったり、アマゾンに出かけたりとか、そういったイメージをもたれると思いますが、僕のグループでは、人の発生や進化を理解するためにiPS細胞を利用して研究を行っております。一般の方は、iPS細胞と聞くと再生医療や創薬を思い浮かべると思うんですけれども、これはあくまで技術なんですね。この細胞って「なにかの目的のために必要な細胞を得るための細胞の供給源」なんです。なので実はいろんな活用の仕方が考えられるんです。

 僕たちの知りたいことは「人とは何か」という、古くからある根源的なシンプルな疑問です。明らかに僕たち、人間、ホモサピエンスといわゆる霊長類たちのあいだには大きな違いがあります。言語や知性以外にも医学的な性質についても。例えば人間に一番近いと言われているチンパンジーは、がんにほぼならないんですね。また、アルツハイマー病の病理症状も現さないことも知られています。でも、反対に心血管系の病気にはなりやすいことが知られています。そして、同じ様に人によっても病気のなりやすさに違いがあります。そのような特異性がどういうメカニズムで生まれるのかを知りたいと考えています。でも調べるために、人やチンパンジーの人体実験や遺伝子組み換え実験はできません。ただ人とチンパンジーのiPS細胞ならつくることは可能なんです。例えばチンパンジーと人のiPS細胞を作成して、そこから同じような方法で神経誘導したときに、2つの発生や遺伝子の働き方の違いを調べることは簡単にできるのです。つまり、この細胞って実は進化研究にとっていいツールなんです。こういったことを考えて僕たちは霊長類のiPS細胞を使って人が人である理由を実証してやろうと考えております。

 さらに、実はこのiPS細胞研究と霊長類学は非常に似た状況にあると僕は考えております。これらは日本が非常に強みを持っている点でメリットをもっています。しかし、実はデメリットも似ておりまして、例えば先ほど申し上げましたように、この技術の利用目的があまりにも再生医療とか創薬により過ぎていると。そうすると、この細胞が本来持ってるポテンシャルが活かせない場面が出てくるんです。この状況は霊長類学も似ています。長らく日本に歴史がある学問ですが、生態とか行動研究が注目され過ぎているせいで、なかなか新しいアプローチによる研究がしにくい。僕はこの二つの強みの部分を掛け合わせて新しい学問体系をつくろうとしています。

 その上で、なぜリバネスと絡みがあるのかなんですが、これは先ほど大平先生もお話しされていたんですけども、分野をまたいで新しいことをやろうとすると、まず来るのが抵抗とか反感です。2013年の冬、この研究テーマを引っ提げて医学部から霊長類研究所に移ったんですけど、早々暗黒期に入ります。研究費を申請しても取れない時期が続きました。研究テーマをがらっと変えたので、成果も業績もないし。そんな中、一番最初に採択を受けたのがリバネス研究費だったんです。そこからラボが軌道に乗り始めるまでのあいだに、大体1年に1回くらい、研究費を頂きました。お金ももちろんありがたかったんですが、それ以上に顕微鏡を1年間貸していただくとか、いろんな意味でラボのスタートアップ支援を頂きました。あとは研究への理解という意味で情報発信が必要になってくるわけなんですけれども、いろんなイベントに僕を呼んでくれたり、逆に僕が主催するイベントを手伝ってもらったりとかしました。その結果、研究も軌道に乗ってきて、データも出始めると科研費とかほかの研究予算にも通り出してきたんです。現在、リバネス研究費を4回もらってまして、もうさすがにもらい過ぎだろうということで、今は僕はリーブ・ア・リバネス研究費をしたと思っています。僕たちが目指しているのはあくまで新分野の創出です。iPS細胞、霊長類学の可能性を広げたいということで、いろいろ取り組んでおりますので、学生の方々とか研究者の方々とか興味がある方がいらしたらぜひお声掛けいただければと思います。

高橋)
ありがとうございます。企業側のほうがね、こういう一見基礎的に見えるような研究を応援したってなんか不思議ですよね。

今村)
本当そうなんですよ。僕完全に基礎で、しかも業績もないんです。シードの部分をサポートするっていうのは、あまり見えていないリバネス研究費のいいところあり、ほかの支援と違うところかなと思っています。

高橋)
そうですね。予算の出し手の多様化っていうのはすごい大事なんじゃないかな。国の大型の予算をしっかり取るっていうのも王道として大事だけど、捨てる神あれば拾う神ありというようなスタートアップ的な研究の芽出しは、科研費みたいな税金由来、みんなのコンセンサスが必要な予算元だとチャレンジしにくい。でも、リバネス研究費みたいな仕組みを使って産業界側がアカデミアのダイバーシティを広げられたらすごく面白いなと思ってます。あと、大平先生がおっしゃってましたけれども、異分野でつながるっていうところがすごく自分の研究を広げる。そういういろんな動きをしていく中で、この3人の先生方っていうのは、いろんなことと出会いながら仮説を生んできたんだと思うんです。そこで、お三方に仮説を生み出す際に、工夫していること、大事にしてることなど、もしそういうことがあったらお聞きしたい。まずは南先生、教えてもらえますか?

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