リジェネラティブ・シティ:微生物・苔・木材が織りなす未来の都市生態系<超異分野学会・東京大会2025>
2025.05.26リジェネラティブ・シティ:微生物・苔・木材が織りなす未来の都市生態系
これからの時代の都市はどうあるべきか。東京建物株式会社をパートナーに迎えた本セッションでは、リジェネラティブ・シティという新しい概念をテーマに、微生物、苔、木造建築の専門家による白熱した議論が繰り広げられた。最終的に「人が関わり続けることのできるまちづくりとは何か」という大きな問いへの答えが導き出されたセッションを紹介する。
登壇者
・秋吉 浩気 氏(株式会社VUILD 代表取締役CEO、建築家、メタアーキテクト)
・井藤賀 操 氏(ジャパンモスファクトリー株式会社 ファウンダー&CTO)
・伊藤 光平 氏(株式会社BIOTA 代表取締役)
モデレーター
・丸 幸弘(株式会社リバネス 代表取締役グループCEO)
リジェネラティブは「最初にエネルギーをかける」
リバネス 丸 幸弘 このセッションのテーマは「リジェネラティブ・シティ」です。リジェネラティブは最近耳にするようになった言葉で、一般的にはサステナブルの「次」の概念というイメージで受け止められているのではないでしょうか。実は本セッションのパートナー企業である東京建物さんが、いち早くこの言葉を掲げたプロジェクトを仕掛けていて、こんなリリースを出されています。
「東京からリジェネラティ部な世界を目指す『Rregenerative City Tokyo』構想を発表 国際都市の新たなロールモデルとして、今後3年間で10以上の共創イノベーション創出」
東京建物さんのような大きな会社が、こうして新しい概念に積極的に挑んでいるのは非常に面白いと感じましたし、ぜひリバネスもプロジェクトに参加させていただきたいと思いました。今日は「超異分野学会」なわけですが、それこそ「超異分野」でリジェネラティブに取り組んでいきたいと思う次第です。ということで、本日は微生物、苔、木造建築という3領域の専門家をお呼びしてディスカッションをしていきます。
さて、お三方を紹介する前に、私自身が考える「リジェネラティブとは何か」について少し発表をさせてください。私は生命科学的視点からリジェネラティブを捉えてみました(スライドを投影)。
生命現象というものは、
①無秩序状態(高エントロピー状態)でバラバラに存在している有機物を集め、
②そこにエネルギーをかけて凝縮して秩序をつくる(低エントロピー状態)ことによって細胞や器官を生み出し、
③それらが有機的につながることで一つの生命体を形成する
という説明をすることができます。
つまり、生命はまず最初に大きなエネルギーをかけることで人工的に秩序をつくり出し、そうやってつくられた秩序の中で、一つ一つの細胞が生まれては死に、また再生する、というリジェネラティブな循環が回っていきます。
サステナブルの概念と比較をすると、サステナブルにおいては省エネ・削減・維持など、つまりは「いかにエネルギーをかけないか」ということが中心になります。一方でリジェネラティブにおいては、生命科学的視点でいえば「まず最初にエネルギーをかける」ということが大きなポイントです。このコントラストがサステナブルとリジェネラティブの最大の違いであり、リジェネラティブという新しい概念の面白いところだと私自身は考えています。
植物を除く地球上の生物の9割が実は微生物
丸 ここからは3人の専門家にお話を伺っていきます。まずはBIOTAの伊藤さんから自己紹介と、微生物の専門家が考えるリジェネラティブとは何か、ということについてお願いします。
BIOTA 伊藤光平 氏 BIOTAは「健康で持続可能性のある暮らしを実現する」というビジョンを掲げる会社で、そのためのミッションとして「生活空間の『微生物多様性を高める』」ということに取り組んでいます。微生物は、一般的には非常にニッチなものと思われがちです。しかし実は重量で比較してみると、微生物は植物を除く地球上の生物の9割以上という圧倒的多数を占めています。つまり、今日のテーマであるリジェネラティブが生態系や生物多様性に関わるものだとすれば、まず目を向けるべきは微生物の存在なんです。
伊藤 光平 氏 株式会社BIOTA 代表取締役 都市環境の微生物コミュニティの研究・事業者。山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所にて高校時代から特別研究生として皮膚の微生物研究に従事。2015年に慶應義塾大学環境情報学部に進学。情報科学と生物学を組み合わせたバイオインフォマティクス研究に従事し、国際誌に複数の論文を発表。現在は株式会社BIOTAを設立し、微生物多様性で健康的な都市づくりを目指して研究・事業を推進している。
生態系のピラミッドの基盤を支える微生物が「生態系の分解者」の役割を果たしています。リジェネレーションが「何らかの物質が投入され、そこから何らかのアウトプットが再生成される現象」だと解釈すると、物質を分解する微生物は再生成の最初の起点の存在だといえます。それ以外にも微生物は、人の免疫の成熟であったり、感染症の抑制に寄与するという話もあります。
そこで、私たちは微生物の生態系を都市で構築する「Re-Wilding」ブランドで植栽デザイン事業を進めています。自然を豊かにするという観点では「手付かずの自然」や「自然の保全」といった語られ方がされがちですが、例えば明治神宮の森がそうであるように、実は「人が適切に介入すること」の方が効果的なこともあります。ですからリジェネラティブデザインとは何かといえば、人間が経済的な営みや都市における営みを繰り返し行うことによって、生態系がより豊かになっていく、そういうものであると良いなと思っています。
例えばBIOTAの最近の事例で、あるオフィスの植栽施工を手掛けたのですが、土地改良から植栽までの半年間で、付近の生物多様性が5倍、微生物の数でいうと100倍に増加しました。こういった目には見えないけれどもリジェネレーションに重要な役割を果たしている微生物に意識を向けることが、長期的には環境の再生につながっていくのではないかと思います。
5億年前から存在する苔は、森林の再生に貢献している
丸 続いて苔の専門家であるジャパンモスファクトリーの井藤賀さん、お願いします。
ジャパンモスファクトリー 井藤賀 操 氏 私は一貫して苔の研究をしてきた人間です。 2019年にジャパンモスファクトリーを立ち上げて、「苔で地球を守る」というビジョンを掲げています。より具体的には、コケ植物の胞子が発芽した際に出来る原糸体を大量培養する技術を開発していて、この原糸体を鉛等の有害金属の吸着材として活用することで、抗排水による水質汚染の解決を目指しています。
井藤賀 操 氏 株式会社ジャパンモスファクトリー ファウンダー&CTO 2002年広島大学大学院理学研究科修了、博士(理学)。2003年理化学研究所植物科学研究センター研究員、2013年同研究所環境資源科学研究センター上級研究員に従事。2019年春に、株式会社JAPAN MOSS FACTORY設立。日本蘚苔類学会奨励賞、日本鉱業協会賞、第5回アグリテックグランプリ最優秀賞など受賞。
ただ今日は事業の話よりも、みなさんの身近な空間に生えている苔についてより知っていただきたい、ということで話をさせていただければと思います。
丸 (投影されたスライドを見て)井藤賀さんによる苔紹介が始まるわけですね(笑)。
井藤賀 おっしゃる通り、オリジナルの苔図鑑です。これは京都の東福寺で、重森三玲の作である市松模様の苔の庭が非常に有名です。そして通称「苔寺」と呼ばれているのが西芳寺です。この写真を見たことのある方はおられると思いますが、これが何という種類の苔かをご存知でしょうか。西芳寺の美しい景観をつくりだしているのは「ホソバオキナゴケ」といいます。
他にも苔の種類としては「ハイゴケ」「ウマスギゴケ」「タチゴケ」「イワダレゴケ」……など様々なものが存在します。ヒートアイランドの緩和効果を目的として屋上に植えられるものは「エゾスナゴケ」といって、乾燥しているときと濡れたときで見た目が大きく変わる種類です。乾いた表情を見ないと分類ができないので、私は乾いた姿が大好きです。皆さんにとっては「苔は苔」かもしれませんが、私からするとその分類は「哺乳類っていいよね」というのと一緒なんです。
会場 (笑)
丸 情熱はものすごく伝わってくるのですが、このままではセッションテーマが「リジェネラティブ・シティ」ではなく「苔・シティ」になってしまいそうです(笑)。
井藤賀 はい、そろそろまとめに入ります(笑)。苔には、セン類、タイ類、ツノゴケ類という3つの系統があり、これらを総称して「コケ植物」と呼んでいます。約5億年の地球環境の変動を乗り越えてきた植物群で、数としては日本で2000種、世界で2万種あります。また大きな特徴として、苔は様々な基物に着生している陸上植物です。宙に浮くことがなく、必ず何かに付着しています。
最後にリジェネラティブとの関連について話をすると、苔が存在することによって、そこから新たに違う植物が芽を出すことがあります。専門用語で「倒木更新」という現象では、倒れた木の幹に苔が生えて、そこに別の植物の種が落ちることでそこから再生が始まっていく。つまり苔は森林の再生に貢献しているんです。
丸 ありがとうございました。ちなみに、苔が生える空間というのは、人にとっても心地の良い空間ですよね。ということは、苔がまちの心地良さの指標になったりしないでしょうか。
井藤賀 おっしゃる通りです。苔は心地良い空間のシンボルになると思います。
自分たちの地域の木材で、自分たちのまちをつくる社会へ
丸 最後にご紹介するのが、木材、そして建築を専門にするVUILDの秋吉さんです。やはり、まちといえば建築は外せません。建築の視点からどのようにリジェネラティブを捉えているのか。よろしくお願いします。
VUILD 秋吉 浩気 氏 私は建築デザインの研究を実践すると同時に、起業家として会社経営も行っています。実は建築分野は世界のCO2排出量の37%を占める産業ということもあり、世界中で木造建築へのシフトが進んでいます。そんな状況の中で、VUILDは日本全国に260台の木工用3Dプリンタを置いてネットワークでつなぎ、「こんなものをつくりたい」とデータを入力すると全国の機械から出力されて届くという仕組みを構築しています。これによって、地域の人たちが自分たちの地域の木材を使って、自分たちが思い描くまちや家具、生活用品をつくれるということが実現しています。その他にも、ゼネコンさん、建築設計事務所さん、オフィス用品メーカーさんとも事業提携や資本提携を結んでいます。
秋吉 浩気 氏 株式会社VUILD代表取締役CEO、建築家、メタアーキテクト 2017年に建築テック系スタートアップVUILDを創業し、「建築の民主化」を目指す。デジタルファブリケーションやソーシャルデザインなど、モノからコトまで幅広いデザイン領域をカバーする。主な受賞歴にUnder 35 Architects exhibition Gold Medal賞(2019)、グッドデザイン金賞(2020)、Archi-Neering Design AWARD 2021 最優秀賞 (2022)、Archi-Neering Design AWARD 2023 最優秀賞(2024)、みんなの建築大賞大賞(2024)、iF Design Award Gold Award(2025)など。主な著書に『メタアーキテクト ー次世代のための建築』(2022)など。
また、我々はデジタルファブリケーションとコンピュテーショナルデザインの専門性を活かして、「誰でもつくれる」「工期を短縮できる」ということも実現しています。例えば、ボランティアの力で能登の復興住宅をつくる、島内で切った木だけで建物をつくる、といったことです。これによって、既存工法に対して40%のコスト削減ができたり、コンクリートの使用を減らすことで40%のCO2排出量削減ができたり、といったことも起きています。
このように建築の概念がガラッと変わって「自分たちでつくれる」ようになると、地域の人同士がつながって、みんなで社会をつくっていこうということになります。また、目の前の木を扱えるようになると、木そのものに興味が芽生えて、森のことや地球のことも考えられるようになります。つまり、人間が生成する力を取り戻すことによって、初めて地域や地球を変えることの原動力が生まれるのではないか。VUILDという会社がやっているのは、その原点を再生することなのではないか。そういうことを考えています。
大都市の「中間帯」をリジェネラティブにするプロジェクト
丸 さて、このセッションはここからが本番です。実はまだ公にはできないのですが、この3人とリバネスが組んで、あるプロジェクトを仕掛けようとしています。その舞台として、東京建物さんから八重洲のビルの空間を一部お借りすることが決まっています。
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丸 幸弘 株式会社リバネス 代表取締役グループCEO 東京大学大学院農学生命科学研究科 博士課程修了、博士(農学)。2002年大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立。日本初「科学出前実験教室」をビジネス化。異分野の技術や知識を組み合わせて新たな事業を創る「知識製造業」を営む。アジア最大級のディープテックベンチャーエコシステムの仕掛け人として、世界各地のディープイシューを発掘し、地球規模の課題解決に取り組む。ユーグレナをはじめとする多数のベンチャーの立上げにも携わる。
どういう空間かというと、屋内でも屋外でも、屋上でもありません。「中間帯」です。わかりますでしょうか。地下鉄の駅から上がってきて、ビルの中に入る一つ手前の空間です。逆方向からいえば、ビルを出て、階段を降りて地下鉄の駅に入っていくまでの間の空間です。この外と中がつながる中間の場所をリジェネラティブな状態にできたら何が起こるでしょうか。
地下鉄から上がってきた人がこの空間に入ると、豊かな自然を感じて元気になる。天候の悪い日に屋外にいた人が、この空間に入ってくるとすごく心地が良い。そんなかたちで大都市のど真ん中で、日本の森林の木材を使いながら、苔や微生物を豊かに生息させて、その空間と地球がつながっているような場所を作る……。我々はそんなプロジェクトを始めていきます!
今日は超異分野学会ですから、もしここに「自分のアイデアも足したい」という方がいたらぜひ参加していただきたいと思っています。実はポスター発表を見ていたらすごく面白い研究をされている方を発見したんです。「ライブテラリウム」の発表をしていた方、この会場にいらっしゃいますか(会場を見回す)。あちらにいらっしゃいました。ぜひ研究の紹介をお願いします。
会場 京都先端科学大学大学院の西堀真衣と申します。私は自然を模した人工物が人々をリラックスさせる効果を検証していて、身近に置くことで自然を感じられる「ライブテラリウム」の制作に取り組んでいます。その中の一要素として「f分の1ゆらぎ」を感じられる水流を取り入れたり、自然音を流したりして、それを体験する人がどう感じるのかを検証実験しています。
丸 やはり面白いですね。ただ、身近に置ける規模ではなく、同じ実験を八重洲のビルの空間でやってみたくないですか?
西堀 ……そんな場所に私を引っ張ってもらえるのでしょうか。
丸 もちろんです。ぜひやりましょう!
西堀 はい、ぜひお願いします!でも、小さな規模に置けるのもライブテラリウムの魅力でして……。
丸 OKです。では両方とも東京建物さんに提案しましょう。ということで、西堀さんのプロジェクト参加が決定しました。会場の皆さんも拍手をお願いします!(会場拍手)
八重洲に美しい庭をつくり、地域のみんなで育てていく
丸 まさに超異分野学会の醍醐味という感じで、プロジェクトが盛り上がってまいりました。そんな中で、実は秋吉さんもすでにアイデアを考えてくださっているとか。
秋吉 はい。事前に井藤賀さんから苔の話を伺って印象深かったのは、京都のお寺や倒木更新のように、限られた土地でも木や生命を育むことができるということでした。その手法を大都市の中で、しかも高さがある場所で応用できたら面白いのではないかというのが私のアイデアです。具体的には、今回の中間領域に巨大な未利用木材を日本庭園の石組に見立てて配置したいと考えています。というのも、間伐材はオフィスや内装で使えますが、規格材にならない巨木は誰も使えずに森に捨てられているんですね。そういう巨木を石に見立てて、加工して苔が付着するような構造物にできれば、都市の中間領域に美しい庭を作れるのではないか、と。
また、リジェネラティブをテーマにする以上、この美しい庭は施工が完了した時点で完成ではありません。オフィスワーカーや周辺の生活者が水をやったり管理したりすることで、この庭の中に新しい生命が入ってきます。微生物の力によって、ここで土が育つかもしれません。また、ここで育った生命を都市に分散させたり、森に返したりするアクションも想定しています。
中間領域は、違う表現では干渉領域や半屋外と呼ばれたりもしますが、昔の日本で言うところの「縁側」でもあります。この縁側的な空間を八重洲のビルの一等地の場所で実現し、エリア再生や地域再生、そして地球再生につなげていきたいと考えています。
丸 ありがとうございます。素晴らしいアイデアですね。伊藤さん、井藤賀さんもぜひ感想をお願いします。
伊藤 都市の中では、生き物をかくまうための環境容量のようなものが重要だと思います。秋吉さんの技術で縦に積み上げるような構造物や植栽ができると、そこが様々な生き物の生息場所になり、都市の少ない面積の中でも生物多様性や生態系のリジェネレーションが可能になっていきますね。
井藤賀 巨木を活用した構造物に苔を着生させるというアイデア、もちろん大賛成です。八重洲のみならず、都市のあちこちに拡散させていきたいですね。それから、実は今日この場にムクロジの木の種を持ってきました。興味のある方にお配りしますので、ぜひこの種を八重洲の実証場所に植えに来てください。
丸 それは面白いですね。これで、この会場にいらっしゃる全員がプロジェクトの仲間入りです。
秋吉 冒頭に丸さんが「リジェネラティブは最初にエネルギーをかける」という話をされていましたが、やはりどれだけ人の思いや熱量をかけられるか、ということが重要だと思います。このプロジェクトも最初から完成したものを提供して終わりではなく、むしろそこからスタートしていくような、みんなが時間をかけて育てていける場にしたいですね。
さらに、このチームにはBIOTAさんやジャパンモスファクトリーさんのような研究者がいるので、育てていく過程できちんとデータを取って解析をしながら、その後のアクションを決めていく。そうすればさらに多くの人々が「自分も関わりたい」と感じられるプロジェクトになるのではないでしょうか。
丸 おっしゃる通りですね。本セッションのテーマは「リジェネラティブ・シティ」ですが、まちづくりにはテクノロジーだけでは不十分です。そこに人が関わり続けて、エネルギーをかけ続けることが欠かせません。我々はもちろんのこと、東京建物さんの大きな思いも込められたこのプロジェクトに、ぜひ多くの方に参加してほしいですし、八重洲にオフィスを構える企業にもどんどん関わってほしいと思います。そして結果的に八重洲のまちが「リジェネラティブ・シティってこういうことなんだ」という世界的な先駆けになれば、そこからさらに可能性が広がっていくことになるでしょう。今日のセッションは、まさにリジェネラティブなまちづくりの第一歩になったのではないでしょうか。ご清聴ありがとうございました!